巨大なもの
三少年は、とらわれの身ですから、いやだと思っても逃げるわけにいきません。怪黒人のいうとおり、そのあとに、ついていくほかはないのです。
暗いトンネルには、いくつも枝道があります。そのひとつをまがって、しばらくいきますと、コンクリートの階段があって、それをのぼり、やがて広い場所に出ました。
それは洞窟ではなくて、てんじょうの高い、広い廊下のようなところでした。ここはもう地上なのかもしれませんが、うす暗くて、ガランとしているので、まるで地下鉄のプラットホームみたいなかんじです。てんじょうも壁も床も、コンクリートでできていて、いっぽうの壁にそって、ずっと部屋が並んでいるらしく、いくつもドアが見えています。
高いところに、小さな電灯がついているだけで、うす暗く、向こうの方は、よく見えないほどです。
さきに立っていた怪黒人は、その広い廊下のまんなかに立ちどまって、三人の少年をふりむき、きみ悪くニヤリと笑いました。
「さあ、ここで、待っているんだ。いまに、ふしぎなものが、あらわれるからね。」
そういって、かれは、うす暗い廊下のつきあたりの方を、じっと見つめています。三少年も、つい、その方を、ながめないではいられませんでした。
外は、ひえびえとつめたくて、シーンと、しずまりかえっています。なにか恐ろしいことが、おこりそうです。あのうす暗い向こうの方から、とほうもないばけものが、あらわれてくるのではないでしょうか。
三人が、目をこらして、その方を見ていますと、やがて、ずっと向こうの廊下のつきあたりに、なにか、もやもやと、動いているものがあります。暗くて、よくわかりませんが、ネズミ色の、ぼやっとした、ひどく大きなものです。
そのとき、三人は、ぎょくんと、心臓がのどのところまで、とびあがるような気がしました。なんともいえない、恐ろしい音がしたからです。
ふつうのラッパの百倍もあるような大きなラッパが、ガーッと、なったような音でした。しかも、ラッパのような、ほがらかな音ではありません。いんきな、しわがれた音で、しかも、つんぼになるような、とほうもなく大きな音なのです。
三人の少年は、おたがいによりそって、いつでも逃げだせるように、身がまえしていました。しかし目は、向こうの暗やみに、釘づけになっているのです。
暗やみの中の、もやもやしたものが、だんだん、はっきりしてきました。そのものが、こちらへ近づいてきたからです。それは人間の何十倍もあるような、大きなものでした。そいつは、生きているのです。巨大なからだを、ゆすぶりながら、こちらへ歩いてくるのです。
耳が見えました。犬の耳の百倍もある、おそろしく大きな耳です。その耳が、うちわのように、ハタハタと動いています。
からだにくらべて、ひどく小さな目がふたつ、やみの中に光っています。白い大きな二本の牙が見えます。そして、その牙と牙とのあいだに、なんだか、太いネズミ色の棒のようなものが、ダランとさがっています。それが、グーッと、こちらの方へ、のびてくるように見えるのです。
足が見えました。ひとかかえもある大木のような、太い足です。それが、ズシン、ズシンと、地ひびきをたてて、近づいてくるのです。
「あっ、ゾウだっ!」
小林君が、おもわず叫びました。それはゾウでした。巨大なゾウが、コンクリートの廊下を歩いてくるのでした。さっきの恐ろしい音は、ゾウのうなり声だったのです。それにしても、こんなところにゾウがいるなんて、おもいもよらないことでした。これがほんとうのゾウでしょうか。やっぱり、魔法博士の幻術ではないのでしょうか。
「わかったかい。ゾウだよ。魔法の国には、どんな動物だっているのさ。」
怪黒人が、笑いながら、いうのでした。
しかし、巨ゾウには、ゾウ使いが、ついているのではありません。ひとりで、歩いてくるのです。足にくさりがついているわけでもありません。
三少年は、ゾウがおこって、鼻で巻きあげたり、足でふんだりするのではないかと、恐ろしくなってきました。
「だいじょうぶだよ。逃げたりしたら、かえってあぶないよ。」
ノロちゃんが、逃げだしそうになったので、小林君が、その手をとって、ひきとめました。
そのうちに、ゾウはズシン、ズシンと、もう三メートルほどに、近づいてきました。恐ろしく大きなやつです。長い鼻が、グーッと、こちらへのびてきました。
そして、あっとおもうまに、その鼻が、怪黒人にクルクルと巻きついたかとおもうと、黒人は、ゾウの頭の上に持ちあげられていました。
たいへんです。もし、そのまま、地面に投げつけられたら、黒人は死んでしまうかもしれません。
三少年が、それを見て、手に汗をにぎっていますと、ゾウの鼻は、黒人を大きな頭の上まで持ちあげると、そこでそっとはなしました。すると、黒人は、なれたもので、ひょいと、ゾウの頭と背中のあいだに、うまのりになりました。そして、ニコニコしながら、ゾウの耳のうしろのへんを、ひら手で、ペタペタたたいています。
そのとき、ゾウは、長い鼻を、上の方に高くのばして、ゴーッと、うなりました。あのラッパを百倍にしたような恐ろしい声です。
それから、高くあげていた鼻をおろして、そのまま、グーッと、こちらに向けてきました。その鼻は、三少年のうちのだれかを、ねらっているのです。
少年たちは、ぎょっとして逃げだしました。三人のうちで、いちばんすばやいのは、ノロちゃんでした。しかし、巨ゾウの足は、もっと、はやかったのです。長い鼻が、ヌーッとノロちゃんの方へ、のびてきました。
ノロちゃんが、逃げながら振りむきますと、うす黒い、ぐにゃぐにゃしたゾウの鼻が、すぐ目の前にせまっていました。
「キャーッ、たすけてくれ……。」
ノロちゃんは、まっさおになって、恐ろしい叫び声をたて、もう、逃げる力もなくなって、その場に立ちすくんでしまいました。
ゾウの鼻は、大きなヘビのように、ノロちゃんのからだに、巻きついてきました。そして、ぎゅっとしめつけられたかとおもうと、ノロちゃんは、もう宙に浮きあがっていました。
「ワ、ワ、ワ、ワ……。」
ノロちゃんは、気でもちがったように、わけのわからぬ声をたてながら、もがきました。しかし、いくらあばれても、ゾウの鼻は、はなれません。
そのありさまを見ると、小林、井上の二少年も、ノロちゃんの足をつかんで、ひきもどそうとしましたが、とてもかないません。たちまちノロちゃんは、ゾウの頭の上まで、持ちあげられてしまいました。