地底の牢獄
魔法博士の黄金怪人は、なおも、ことばをつづけて、
「ウヘヘヘヘ……、明智先生、よくおいでくださった。お待ちしておりましたよ。ロウ人形にばけて、かくれているとは、いかにも明智先生らしい。だが、くもなく見つかってしまったじゃありませんか。え、明智先生、さすがの先生も、わしの計略にひっかかりましたね。え、わかりませんか? ほら、あのB・Dバッジですよ。あれは、少年たちが落としたのでなくて、わしの部下が、先生をおびきよせるために、落としておいたのですよ。ウヘヘヘ……、明智先生ともあろうものが、そんな手にひっかかるなんて、先生も、ちと、もうろくしましたね。ウヘヘヘ……。」
黒覆面のふたりの部下に、両手をつかまれた、シャツ一枚の明智探偵は、魔法博士の黄金色の顔を見つめたまま、なにをいわれても、だまっていました。
「ところで、明智先生、わしは、あんたを、こうしてとりこにした。これからきみを訓練して、わしの部下にするのだ。それが、わしのさいごの目的だったのだからね。」
明智はまだ、だまっています。
「おい、明智君、なぜだまっているんだ。わしの弟子になるのが、いやだとでもいうのかね。」
すると、はじめて、明智が口をひらきました。
「部下になってあげたいが、どうも、それはむずかしそうだね。」
「えっ? むずかしいって? それはどういういみだ?」
「ぼくは、けっして、きみのとりこになんかならないからさ。」
魔法博士の黄金怪人は、それを聞くと、あっけにとられたように、しばらく、だまっていましたが、やがて、大きな歯車の音をたてて笑いだしました。
「ウヘヘヘヘ……、とりこにならないって? ウヘヘヘ……、きみは、そうして、ちゃんと、つかまえられているじゃないか。もうどうしても、逃げだすことが、できないじゃないか。」
「ところが、ぼくは、つかまえられていないんだよ。まったく自由なんだよ。」
「えっ? まったく自由だって? ウヘヘヘ……、やせがまんも、いいかげんにしろ。それとも、わしの部下の手をふりはなして、逃げだすとでもいうのか。」
「逃げだすなんて、ひきょうなまねはしないよ。逃げださなくても、自由なんだ。きみのとりこには、なっていないのだ。」
明智探偵は、なんだか、わけのわからないことを、いうのでした。
「えっ、逃げださなくても、自由の身だというのか。ウヘヘヘ……、からだは不自由だが、心だけは自由だというのだろう。」
「からだも自由だよ。ハハハ……、魔法つかいは、きみばかりじゃない。ぼくだって、こうみえても、魔法の名人だよ。」
黄金怪人は、また、だまってしまいました。なんだかきみが悪いのです。明智のいうことが、よくわからないのです。明智のほうが、一枚うわてで、ばかにされているような気がします。しかし、弱みを見せてはならないと、いっそう大きな声で、笑ってみせました。
「ウヘヘヘ……、なんとでも、いうがいい。いまに、泣きべそをかかせてやるからな。おい、きみたち、明智を牢屋へたたきこむんだ。……いや、まて、ふたりぐらいでは安心できない。もうふたり、人数をましてやる。」
黄金怪人は、そういって、ベッドのよこの二つのベルをおしました。すると、まもなく、ふたりの黒覆面の部下が、そこへ、かけこんできました。
「おまえたち四人で、明智を、牢屋へひっぱっていけ。けっして逃がすんじゃないぞ。それから、明智を牢屋へぶちこんで、かぎをかけたら、こんどは、小林と井上と野呂の三人の子どもを、となりの牢屋へぶちこむんだ。明智がつかまったと知ったら、あの子どもたちは、なにをやりだすかわからないからな。さあ、はやくつれていけ。」
そこで、四人の黒覆面は、明智探偵の四方をとりかこんで、廊下へ出ていきました。そして、地底の階段をおり、岩の廊下を、いくつもまがっていきますと、そこに、恐ろしい牢屋が口をひらいていました。
岩かべの一方をくりぬいて、二畳ほどの部屋のようなくぼみをこしらえ、その前に、太い鉄ごうしがはまっているのです。みると、おなじような岩の牢屋が、五つも六つも、ならんでいます。
魔法博士ほどの悪者になると、いつでも、敵をとりこにしてとじこめておく、こんな牢屋を、ちゃんと用意しておくのでしょう。しかし、いまは、どの牢屋も空っぽで、だれもはいっておりません。
黒覆面のひとりが、ポケットから、大きなかぎをとりだして、鉄ごうしについている、小さなひらき戸を、ガチャンと、ひらきました。
「さあ、先生、この中へはいって、おとなしくしているんだ。食事だけは、はこんでやるからな。」
そして、四人がかりで、シャツ一枚の明智を岩の牢屋の中におしこめ、戸をしめて、カチンと、かぎをかけてしまいました。
「さて、こんどは、三人のチンピラどもだ。なにも知らないで、じぶんたちの部屋で寝ているだろう。あいつたちを、ここへ、しょっぴいてきて、となりの牢屋へ、ぶちこんでやるんだ。」
かぎをもっている黒覆面が、そんなことをどなって、さきにたつと、あとの三人も、そのうしろから、ついていきました。
しばらくすると、小林少年と井上少年とノロちゃんが、四人の黒覆面にかこまれて、牢屋の前まで、つれてこられました。少年たちは、寝まきではなく、ひるまの洋服をきせられているのでした。小林、井上の二少年は、へいきな顔をしていますが、おくびょうもののノロちゃんは、まっさおになって、いまにも、泣きだしそうな顔をしています。
「さあ、おまえたちは、明智のとなりの牢屋に、はいるんだ。厚い岩壁だから、明智と話なんかできやしないよ。」
黒覆面のひとりは、また、かぎをとりだして、鉄ごうしの戸をひらき、三人の少年たちを牢屋の中へいれて、戸をしめ、かぎをかけました。
「これで、もうだいじょうぶだ。厳重な牢屋だから、こいつらが、いくらジタバタしたって、逃げだせるものじゃない。それじゃあ、先生のところへ、みんな、おしこめてしまったことを、報告にいこう。」
そういって、四人の黒覆面が、歩きだしたときに、向こうのほうから、ピカピカ光るものが、近づいてきました。黄金怪人です。
「あっ、先生がおいでになった。……先生、ごらんください。明智のやろうも、三人のチンピラも、ちゃんと、牢屋に、とじこめました。」
すると、黄金怪人は、あの歯車のような声で、
「うん、よくやった。これでもう、安心というものだ。これからは、わしが明智を、きたえてやる。つまり訓練をほどこすのだ。そして、わしの部下にしてしまうのだ。」
と、なんだか、きみの悪いことをいいました。そして、
「きみたちは、あっちへいってもよろしい。わしは、ちょっと、明智に話がある。そのかぎを、こちらへ、よこしなさい。」
黒覆面が、かぎを黄金怪人にわたしました。
「よろしい。みんな、じぶんの部屋へ、帰りなさい。」
四人の黒覆面は、命じられたとおり、牢屋の前から立ちさっていきました。あとには、黄金怪人が、ひとりだけ残ったのです。
怪人は、いま、「明智をきたえてやる。」といいましたが、いったい、どんなことをするのでしょうか。なにか、拷問のような恐ろしいことを、はじめるのではないでしょうか。