消えうせた怪人
ハルミさんがかけだしますと、骸骨紳士が、バスの中からヌーッとあらわれて、踏みだんをおり、ハルミさんのあとを追って、大またに歩いてくるのです。
ハルミさんは、うしろを見ないで走っているので、すこしも気がつきません。
骸骨紳士の足は、だんだん早くなり、しまいには、宙に浮くように足音をたてないで走りだしました。そして、ハルミさんのすぐうしろまで追いついて、いまにも、長い手をのばして、ハルミさんの肩をつかみそうになったではありませんか。
もしハルミさんが、うしろをふりむいたら、あまりの恐ろしさに、気をうしなってしまったかもしれません。それほど、骸骨紳士は、ハルミさんにくっつくようにして走っているのです。でも、なぜか、ハルミさんを、とらえようとはしません。ただ、くっついているばかりです。
さいわい、ハルミさんは、一どもうしろを見ないで、大テントの裏にたどりつき、そのまま中へかけこみました。
「助けてえ……、がいこつが……がいこつが……。」
大テントの裏口をはいると、幕でしきった通路になっていて、いろいろな曲芸の道具がならべてあります。そこに立っていた道具がかりの木村という男が、ハルミさんを、だきとめるようにして、
「アッ、びっくりするじゃありませんか。いったいどうしたっていうんです。」
と叫びました。
「あら、木村さん、バスの中に、あの骸骨がいたのよ。追っかけてきやしない? ちょっと、そとをのぞいてみて。」
「エッ? あいつがバスの中にかくれていたんですって。」
木村は、そういって、ハルミさんのはいってきた裏口から、そっと顔を出して、そとを見ていましたが、
「なんにも、いやしませんよ。あんた、気のせいじゃないのですか? こわいこわいと思っているもんだから……。」
「いいえ、たしかにいたのよ。バスの中の鏡の前で、じっと、じぶんの顔を見ていたのよ。それがあの骸骨だったのよ。」
ハルミさんは、いいはります。
すると、通路の横にある団長室の幕があいて、サーカス団長の笠原太郎が出てきました。
「なんだ。そうぞうしい。なにをさわいでいるんだ。」
笠原団長は四十歳ぐらいの、がっしりしたからだの男でした。むらさき色のビロードに、ピカピカ光る金のぬいとりをした、だぶだぶのガウンをきて、頭には、同じ色のビロードに赤いふさのついた、トルコ帽をかぶっています。
「アッ、団長さん、三号のバスに、さっきの骸骨がかくれているんです。それで、あたし、むちゅうで逃げてきたんです。」
「なにッ、骸骨が? よしッ、みんなを集めろッ。そして、三号バスをとりかこんで、あいつを、ひっとらえるんだッ!」
団長が大きな声で命令しました。すると、道具がかりが、かけ出していって、サーカス団員の男たちを呼び集めてきました。そして、十何人の男たちが、三号バスをとりかこみ、入口からのぞいてみますと、バスの中にはだれもおりません。逃げだしたのだろうと、そのあたりを、くまなく捜索しましたが、なにも発見することができませんでした。
骸骨男は、いったい、どこへかくれてしまったのでしょう? ハルミさんを、大テントの裏口まで追っかけてきたのですから、バスの中にいないのは、あたりまえですが、大テントのそとの広場をすみからすみまでしらべても、どこにも見あたらないというのは、どうしたわけでしょう。テントの中へしのびこめば、まだ開演中ですから、サーカス団員や見物たちの目につかないはずはありません。
またしても、怪物は、煙のように消えうせたのです。骸骨男は、なにかふしぎな魔法をこころえてでもいるのでしょうか。