道化師の怪
そのあくる日の午前のことです。客を入れるまえに、見物席のまんなかの丸い演技場で、五人のおとなの道化師と三人の子どもの道化師が、新しい出しものの練習をしていました。
道化師のことですから、それぞれちがった、きみょうな服装をしています。赤と白のだんだらぞめの道化服をきて、同じとんがり帽子をかぶり、顔には、まっ白におしろいをぬり、くちびるをまっ赤にそめ、両のほおに、赤い丸をかいた男、赤地に白の水玉もようの道化服をきた男、どうたいに大きな西洋酒のたるをはめて、首と足だけを出し、たるの両がわに丸い穴をあけて、そこから両手を出しておどっている、たるのお化けみたいな男、じぶんの頭の五ばいもあるような、はりこの首をかぶって、チョコチョコ歩いている男、ひとめ見て、プッと吹きだすような変なかっこうをした男ばかりです。
三人の子ども道化師たちも、なんともみょうな姿をしていました。そのうちふたりが少年で、ひとりが少女でしたが、みんな十歳ぐらいの子どもで、それが、白と、赤と、赤白だんだらの大きなゴムまりの中にからだを入れて、首と手足だけをそとに出し、よちよちと歩いているのです。まるで、大きなまりが歩いているように見えるのです。
おとなの道化師たちは、「ほうい、ほうい。」というような変なかけ声をして、さかだちをしたり、とんぼがえりをしたり、たるを着ている男は、ごろんと横になって、そのへんを、ぐるぐる、ころがりまわったり、あるいは道化師どうし喧嘩のまねをして、なぐりあいをしたり、なぐられた男は、おおげさに、ピョンと横だおしになって、ごろごろ、ころがったり、ありとあらゆる、こっけいなしぐさを練習するのでした。
それが、ひととおりすむと、こんどは、たるにはいった男だけは、べつにして、あとの四人のおとなが、四方にわかれて、ふしぎな玉なげをはじめました。
玉は、大きなゴムまりにはいった三人の子どもです。そのまりを両手で持ちあげて、「ヤッ!」とほうると、あいての道化師が、「ヨッ!」と受けとめる。ゴムまりの中にはいっている子どもたちは目が回って、ひどく苦しいのですが、それにならすために練習するわけです。
白と、赤と、赤白だんだらの巨大なまりが、四人の道化師によって、つぎつぎと、投げられたり、受けとめられたりして、見ていると、じつに美しいのです。ただ投げるばかりでなく、ごろ
しばらくすると、赤のゴムまりにはいっている少年がころがされて、ひとりの道化師に受けとめられたとき、大きな声で、
「ちょっと、待って……。」
と叫びました。
「なんだ、いくじのないやつだな。これくらいで、もう、まいってしまったのか。」
道化師が、しかるようにいいます。
「ううん、ぼく、こんなこと、へいきだよ。そうじゃないんだよ。いま、へんなものが見えたんだ。ちょっと、とめて……。」
「なに、へんなものだって?」
道化師はそういって、ゴムまりの回るのをとめてやりました。すると、少年はゴムまりから出ている右手で、むこうを指さしながら、
「あのたるだよ。あのたるの中から、いま、へんなものがのぞいたんだよ。」
四人のまり投げの道化師たちから、ちょっと、はなれたところに、大きな西洋酒のたるが、ちょこんとおいてあります。たるの化けものみたいな道化師が、たるの中で、すわってやすんでいるのです。首や手もひっこめてすわっているので、ただ大きなたるがおいてあるように見えるのです。
「へんなものがのぞいたって? どこに。」
道化師はたるのほうを見ましたが、べつに変ったようすもありません。
「なんにもありゃしないじゃないか。ぐるぐる回されて目が回ったので、そんな気がしたんだよ。あのたるの中には、
「ううん、そうじゃない。ぼく、たしかに見たんだよ。あの中には、へんなやつがかくれている。お化けみたいなやつだよ。」
少年がいいはるので、道化師も思わず、そのたるを見つめましたが、すると、そのとき、びっくり箱の中から、人形の首がとび出すように、たるの上に、ヒョイととびだしたものがあります。
それを見ると道化師は思わず、「アッ。」と叫びました。そして、立ちすくんだまま、身うごきもできなくなってしまいました。「アッ。」といったときには、もう、そのへんなものは、たるの中へひっこんで、見えなくなっていましたが、ひと目見れば十分です。そいつは、まっ黒な大きな目をもっていました。鼻が三角の穴になっていました。上下の歯がむき出しになっていました。骸骨です。たるの中には道化師の丈吉でなくて、骸骨がかくれていたのです。
「おい、みんな!」
その道化師が、ほかの三人に目くばせをしました。そして、ぬき足、さし足、むこうにおいてあるたるのそばへ、近よっていきました。三人も、おずおずと、そのあとからつづきます。
たるのそばによって、おっかなびっくり、そっと上からのぞいて見ました。すると、そのとき、大きなたるが、いきなり、ごろんと横だおしになりました。
みんなが、アッとひるむまに、たるの中から、ぴったりと身についたまっ赤なシャツとズボン下の男がとび出して、恐ろしいいきおいで、むこうへ逃げていきます。そいつの顔は、あの恐ろしい骸骨でした。骸骨は道化師丈吉に化けて、まっ白な顔のお面をかぶって、さっきまで、みんなをごまかしていたのです。