空中のおにごっこ
まっ赤なシャツの骸骨男は、丸い演技場のむこうのはしまで走っていくと、そこにさがっている長い丸太にとびつきました。その丸太の両側には、三十センチぐらいのかんかくで、三センチほどの木ぎれが、うちこんであります。骸骨男は、その木ぎれに足をかけて、するすると丸太の上にのぼっていき、大テントの天井のぶらんこ台に、たどりつきました。そして、台の上から、下をのぞいて、あの長い歯で、にやにやと笑っているではありませんか。
道化師たちは身が重くて、とても丸太をのぼることはできません。空中サーカスの男たちを、呼ぶほかはないのです。
「おうい、三太、六郎、吉十郎、みんなきてくれえ。骸骨がぶらんこ台にのぼったぞう。あいつをひっとらえてくれえ。」
水玉もようの道化師が、ありったけの声で、空中サーカスの名人たちを、呼びたてました。
すると、楽屋口から、肉じゅばんに、金糸のぬいとりのあるさるまたをはいた屈強な男たちが、つぎつぎと、とび出してきました。
「あそこだ、ほら、あのぶらんこ台の上だ。」
道化師が、指さすところ、地上五十メートルの大テントの天井、ぶらんこ台の小さな板の上に、まっ赤なシャツをきた、へんなやつがうずくまっているのが、小さく見えました。
「やあい、おりてこうい! でないと、おれたちがのぼっていって、つき落としてしまうぞう、そこから落ちたら、いのちがないぞう!」
空中サーカスの吉十郎が、両手で口をかこって、高い天井へどなりました。
すると、それに答えるように、天井から、
「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ、ケ、……。」
と、お化け鳥のなくような声が、おりてきました。骸骨が、長い歯をぱくぱくやって、笑っているのです。
「ようし、いまにみろ!」
吉十郎は、ふたりのなかまを、手まねきして、天井から、ぶらさがっている、丸太の下までかけつけると、いきなり、それをのぼりはじめました。さすがは空中サーカスの名人たち、まるでサルのように、やすやすと、丸太をのぼり、天井のぶらんこ台にたどりつきました。
そして、そこにうずくまっている骸骨男を、とらえようとしたときです。まっ赤なシャツが、ぱっと、空中にもんどりうって、天井の横木からさがっているぶらんこに、とびうつりました。そして、ぶらんこは、みるみる、ツーッ、ツーッと、前後にゆれはじめたのです。
ぶらんこ台の上の三人の曲芸師は、もう、どうすることもできません。骸骨の乗ったぶらんこは、ますます、はげしくゆれるばかりです。
ごらんなさい! ぶらんこは、もう、大テントの天井につくほど、はずみがついてきました。しかし、そのとき、ぶらんこをとりつけた横木の丸太の上を、ひとりの男がヘビのように、はいだしてきたではありませんか。空中サーカスの名人吉十郎です。かれは、横木の上に身をよこたえ、両手を、ぶらんこの縄にかけて、ゆれるぶらんこを、上に引きあげようとしているのです。
その力で、ぶらんこは、きみょうなゆれかたをしました。このまま引きあげられたら、骸骨男は、ぶらんこから、ふり落とされて、五十メートル下の地面へ、たたきつけられるほかはありません。
しかし骸骨男もさるものです。それと気づくと、とっさに、パッと、身をひるがえして、ぶらんこからはなれました。まっ赤なシャツが、宙におどりあがったのです。
下から見あげている道化師たちは、思わず、「アッ!」と声をたてて、手にあせをにぎりました。ぶらんこをはなれた骸骨男は、そのまま、サーッと、地上へ落ちてくるように見えたからです。落ちれば、むろん、いのちはありません。
「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ、ケ、……。」
あのお化け鳥の笑い声が、天井から、ふってきました。でも、ふってきたのは声だけで、骸骨男のからだは、ぶらんこから五メートルもへだたった天井の横木へ、みごとに、とびついていました。
地面の道化師たちの口から、「ワアッ!」という声があがりました。
それから、高い天井の、丸太をくんだ足場の上の恐ろしい鬼ごっこが、はじまりました。
逃げるのは、まっ赤なシャツの骸骨男、追っかけるのは三人の空中曲芸師、足場をつたって、右に左に逃げる骸骨男を、さきにまわって、待ちうけたり、ぴょんと丸太から丸太へとんで、足を引っぱろうとしたり、きわどいところまで、追いつめるのですが、骸骨男は、いつも、するりと身をかわして、たくみに逃げてしまいます。人間わざとは思えないほどです。
やがて、吉十郎と、もうひとりの曲芸師が、一本の丸太の上を、前とうしろから、じりじりと近づいていきました。骸骨男は、はさみうちになったのです。いくら魔物でも、もう逃げるみちはありません。吉十郎の手が、グッとのびました。ああ、骸骨男は、いまにも、つかまれそうです。うしろの曲芸師の手も、足のほうへ、のびてきました。もう絶体絶命です。
その瞬間、骸骨男のからだが、するっと下へ落ちてきました。もうだめだと思って、とびおりたのでしょうか。
いや、そうではありません。かれのまっ赤なシャツのからだは、宙にとまっています。ああ、わかった。かれは長いほそびきを用意していたのです。ほそびきのはしについていた鉄のかぎを丸太にひっかけて、ほそびきを下にたらし、それを伝っておりてくるのです。
吉十郎は、そのほそびきを、たぐりあげようとしましたが、そのときには、骸骨男は、もう地上七メートルほどのところまで、すべり落ちていました。そして、パッと手をはなすと、地面へとびおり、そのまま、大テントの裏口のほうへ、矢のようにかけ出していきました。
アッとおどろいた道化師たちが、とまどいしながら、そのあとを追っかけます。天井の三人の曲芸師も、骸骨男ののこしたほそびきを伝って、地上におりると、おそろしいいきおいで、追跡をはじめました。しかし、骸骨男のすがたは、もう、どこにも見えないのでした。