キャーッと叫んで
道化師のできごとがあってから、三日ほどたつと、またしても、恐ろしいことがおこりました。
それは、昼間のことで、サーカスの大テントの中は、満員の見物で、うずまっていました。そして、テントの天井の、目もくらむほど高いところで、空中サーカスがはじまっていたのです。
テントの天井の両方で、ぶらんこがゆれていました。いっぽうのぶらんこには吉十郎が、もう一つのぶらんこには、人気もののハルミさんが、ふたりとも足をまげて、さかさまにぶらさがり、恐ろしいいきおいで、空中をいったりきたりしていました。
ぶらんこにさがったふたりは、サッと、近づいたかと思うと、またスーッとはなれていくのです。
ころあいを見て、吉十郎が、「ハッ。」と声をかけました。ハルミさんも、それにこたえて、「ハアッ。」と叫びました。そして、ぶらんこにかけていた足を、まっすぐにのばすと、ハルミさんのからだは、ぶらんこをはなれて、空中におどりだしたのです。
下の見物席では、何千という顔が上をむいて、手にあせをにぎって、これを見つめています。
両手をのばして、空中におよいだハルミさんに、吉十郎のぶらんこが、サーッと近づいてきました。吉十郎は両手をひろげて待っています。ハルミさんは、その手をつかみさえすればいいのです。
「キャーッ……。」
ハルミさんの口から、恐ろしいひめいがほとばしりました。
そのとき、ハルミさんは、空中をとびながら、吉十郎の顔を見たのです。そして、吉十郎だとばかり思っていたのが、そうでないことに気づいたのです。
それは骸骨の顔だったのです。あのいまわしい骸骨の顔が、グウッと、こちらへ、おそいかかってきたのです。
ハルミさんは、あまりのこわさに、あいての両手にすがりつくのもわすれて、ひめいをあげながら、下へ落ちていきました。
五十メートルの高さから、まっさかさまに落ちていくのです。見物席から、ワアッ……という声がおこりました。
そのまま地面に落ちたら、ハルミさんは死んでしまいます。
ああ、あぶない! ハルミさんの白いからだは、だんだん速度をまして、矢のように、落ちているではありませんか。
しかし、ハルミさんのからだは、地面までとどきませんでした。地面の十メートルほど上で、まるでゴムマリのように、ピョンピョンとはずんだのです。……そこには、太い網が、いっぱいにはってあったからです。
ハルミさんは助かりました。やがて、網の上に、むくむくと起きあがり、網のはしまで歩いていって、そこから地面にとびおりました。
サーカスの人たちが、四方から、そこへかけより、ハルミさんをだいて、楽屋へはこぼうとしました。
「あたし、だいじょうぶよ。それよりも、あれを、あれを!」
ハルミさんは、そういって、天井のぶらんこを指さします。
みんなが上を見あげました。
骸骨の顔になった吉十郎は、どこへいったのか、もうすがたが見えません。ただ、ぶらんこだけが、はげしくゆれているばかりです。
「吉十郎さんの顔が、骸骨になったのよ。それで、あたし、びっくりして……。」
下からは、それがはっきり見えなかったので、みんなは、なぜ、ハルミさんが吉十郎の手につかまらなかったのかと、ふしぎに思っていたのです。
「おうい、吉十郎がテントの上へのぼったぞう……。」
サーカス団員のひとりが、そんなことを叫んで、かけよって来ました。
吉十郎は、ぶらんこの綱をつたって天井の丸太にのぼりつき、そこから、テントのあわせめをくぐって、テントの上へ出てしまったのです。
ほんとうの吉十郎なら、そんなへんなまねをするはずがありません。あれは、やっぱり、骸骨男だったのでしょうか。
それから大さわぎになり、空中曲芸のできる男たちが、天井にのぼりついて、テントの屋根をしらべましたが、もう吉十郎に化けた男のすがたは、どこにも見えないのでした。
「あれが骸骨男だったとすると、吉十郎は、いったい、どうしたんだろう?」
ひとりの団員が、そこに気づいて、吉十郎の部屋に使っている大型バスにかけつけて、しらべてみました。
すると、バスの中のかたすみに、手足をしばられ、さるぐつわをかまされた吉十郎が、ころがっていたではありませんか。
さるぐつわをとって、たずねますと、
「うしろから、パッと、鼻と口をおさえられた。おそろしくいやな臭いがしたと思うと、それっきり、なにもわからなくなってしまった。」
というのです。骸骨男は、吉十郎に、麻酔薬をかがせてしばっておいて、吉十郎の衣装をつけて、ぶらんこに乗り、ハルミさんをおどろかせたのです。
それにしても、骸骨男は、ぶらんこの下のほうに、網がはってあるのを知っていたはずです。ハルミさんを落としても、けがもしないことが、わかっていたはずです。それなのに、どうして、あんなまねをしたのでしょう。ただ、ハルミさんをこわがらせるためだったのでしょうか。あの怪物が、なんのために、こんなことをするのか、それがまだ、よくわからないのでした。