窓の顔
そのばん、八時ごろのことです。笠原サーカス団長のふたりのかわいい子どもが、団長用の大型バスの中で、おとうさんの団長の帰ってくるのを待っていました。サーカスは、いまおわったばかりで、おとうさんは、まだ帰ってこないのです。
にいさんは笠原正一といって、小学校六年生、妹はミヨ子といって、小学校三年生です。団長の子どもですから、ほかのサーカスの子どもとはちがって、曲芸はあまりしこまれないで、学校の勉強にせいをだすようにいいつけられていました。でも、ふたりとも、曲芸もいくらかできるので、ときたま、サーカスに出ることもあります。
サーカス団は、日本じゅうまわるので同じ学校をつづけることはできません。いくさきざきの小学校へ転入して、長くて三ヵ月、短かいときは一ヵ月ぐらいで、またほかの学校へかわるのです。ふつうの子どもには、そんなに学校をかわるのは、とてもつらいのですが、正一君も、ミヨ子ちゃんも、なれっこになってなんとも思っていません。ふたりのおかあさんは、三年ほどまえになくなって、いまは、おとうさんだけなのです。
こんどは東京の中で、場所をかえて、長く興行することになっていますので、三ヵ月いじょう同じ学校にかよえるわけです。ふたりは、たいへんよろこんでいました。
その学校で、正一君と同じクラスに、少年探偵団員のノロちゃん(野呂一平君)がいたことは、まことにふしぎなえんでした。ノロちゃんは人なつっこい子ですから、新しくはいってきた笠原正一君と、まっさきにお友だちになってしまいました。
そのことから、この『サーカスの怪人事件』に、少年探偵団が、ふかい関係をもつことになるのです。
さて、大型バスの中には、団長とふたりの子どものベッドがとりつけられてあり、いっぽうの窓ぎわには、長い板がついていて、そこが正一君たちの勉強の机にもなり、また、その上に、鏡などがおいてあって、化粧台にもなるのです。あまり明るくない車内の電灯が、そこをてらしています。
正一君とミヨ子ちゃんは、そこのベッドに腰かけて、おとうさんの帰りを待っていましたが、ふと気がつくと、ミヨ子ちゃんが、かわいい目をまんまるにして、うしろのガラス窓を、見つめていました。そして、にいさんの正一君に両手で、しがみついてくるのです。
正一君も、ギョッとして、その窓を見ました。
窓のそとはまっ暗です。闇の中に、ボーッと、白いものが、ただよっています。それが、だんだん、窓ガラスへ近づいてくるのです。近づくにつれて、はっきりしてきました。
アッ、骸骨です!
あの恐ろしい骸骨がやってきたのです。
ふたりはベッドをとびおりて、だきあって、バスのすみに身をちぢめました。
骸骨は、窓ガラスに、ぴったりと、顔をつけて、こちらを見ています。黒い穴のような目、三角の穴になった鼻、長い歯をむき出した口、その口がキューッとひらいて、けらけらと笑っているではありませんか。
正一君もミヨ子ちゃんも、あまりのこわさに声をたてることもできないで、まるで磁石でひきつけられるように、窓の骸骨を、じっと見つめていました。どうきが恐ろしくはやくなり、のどがからからにかわいて、いまにも死ぬかと思うばかりです。
しばらくすると、骸骨の顔が、窓ガラスから、スーッとはなれていきました。たちさったのでしょうか? いや、そんなはずはありません。入口のほうへまわって、ドアをあけてはいってくるのかもしれません。
やがて、こつ、こつと、足音が聞こえてきました。きっと骸骨の足音です。
アッ、音がかわりました。バスの後部の出入り口においてある木の段をあがる音です。いよいよ、骸骨がはいってくるのです。正一君とミヨ子ちゃんは、そう思っただけでも、息がとまりそうでした。
ドアのとってが、クルッとまわりました。そして、ギーッとドアの開く音。アッ、暗やみの中に立っています。ボーッと、人のすがたが立っています。
「おまえたち、そんなところで、なにをしているんだ?」
ドアからはいってきたのは骸骨ではなくて、おとうさんの笠原さんでした。
正一君とミヨ子ちゃんは、「ワアッ。」と叫んで、おとうさんに、とびついていきました。そして、いま、窓のそとから骸骨がのぞいたことを、ふるえながらつげるのでした。
「なにッ、骸骨が?」
笠原さんは、いきなり、バスのそとへとび出していきました。そして、そのへんにいたサーカス団員たちを集めて、懐中電灯で照らしながら、あたりを、くまなく捜しましたが、怪人のすがたはどこにも見えないのでした。骸骨男は、いつでも、すがたを消す術をこころえているのですから、どうすることもできません。