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马戏团里的怪人-洞窟里的怪人
日期:2021-12-13 00:05  点击:259

洞窟の怪人


 その日の夕がた、笠原さんの家の玄関へ、大きなトランクをさげたひとりの男が、たずねてきました。
 だぶだぶした背広をきて、とりうち帽をかぶり、鼻のひくい、目じりのさがった、口の大きなおどけたような顔の三十五、六の男です。
 そのとき、笠原さんは、捜査本部から帰って家にいましたので、玄関に出て、用向きをたずねますと、その男は、
「あっしは、旅まわりの腹話術師(ふくわじゅつし)です。おやかたのグランド=サーカスの余興(よきょう)に、つかっていただきたいと思いまして。腹話術は東京の名人たちにも、ひけはとらないつもりです。ひとつ、ためしに、やらしてみていただけませんでしょうか。」
とたのむのでした。
「そうか。いま、家はとりこみちゅうだが、腹話術師はひとりほしいと思っていたところだ。あがってやってみるがいい。」
 笠原さんは、そういって、腹話術師を応接間へとおしました。
 そして、家じゅうのものを、そこへ集めて、腹話術を見物することになったのです。
 刑事さんたちは、もうこのうちにおりませんので、サーカス団員三人と、女中さんたちとが見物人です。
「おや、ひとり女中がたりないね。ああ、あの新しくきた若いのがいない。どうしたんだね。」
 笠原さんがたずねますと、いちばん年うえの女中さんが、答えました。
「あの子は、お昼すぎに、まっ青な顔をして、からだのぐあいがわるいから、ちょっと、うちへ帰らせてもらいますといって、出ていったまま、まだ帰らないのでございます。」
「ああ、そうか。あの子は、なんだかへんな子だね。」
 笠原さんは、そういったまま、腹話術師に、芸をはじめるように命じました。腹話術師は、持ってきた大トランクをひらいて、十歳ぐらいの子どもの大きさの人形を、二つとりだしました。一つは日本人の男の子、一つは黒んぼの男の子です。
 その両方を、かわるがわるつかって、いろいろとおもしろい腹話術を、やってみせるのでした。そして、ひととおり芸がおわると、
「うん、なかなかうまいもんだ。よろしい。きみをサーカスに入れることにしよう。その給金の話なんかもあるから、わしの居間へいって、ゆっくり、相談しよう。さあ、こちらへきたまえ。」
 笠原さんは、そういって、応接間を出ていきます。腹話術師は二つの人形を大トランクにしまって、それをさげて、笠原さんのあとにつづきました。
 それから三十分もたったでしょうか。腹話術師は、給金の話もつごうよくきまったとみえて、ニコニコしながら、玄関へ出てきました。そして、笠原さんに見おくられて、れいの大トランクをさげて、門のそとへたちさりました。
 門から五十メートルもいったところに、一台のりっぱな自動車が待っていて、腹話術師は、それに乗りこみ、自動車は西のほうにむかって出発しました。
 旅まわりの腹話術師が、こんなりっぱな自動車を待たせておくなんて、なんだか、おかしいではありませんか、それほど、お金もちのはずはないのです。
 それよりも、もっとへんなのは、腹話術師が車に近づいてきたとき、自動車のうしろの荷物を入れる場合、これも大カバンと同じなまえで、トランクというのですが、そのトランクのふたが、二センチほど持ちあげられて、そこから二つの目が、じっと、そとをのぞいていたことです。自動車のトランクの中に、なにものかが、しのびこんでいるのでしょうか。
 腹話術師は、それともしらず、運転手にさしずをして、西へ西へと走らせました。
 やがて京浜(けいひん)国道に出て、横浜をとおりすぎるころには、もうすっかり日がくれて、あたりは、まっ暗になっていました。
 それから、また、車は西へ西へと走ります。あたりが、だんだんさびしくなり、山みちにさしかかってきました。ぐるぐるまわった、登り坂です。どうやら、大山(おおやま)の入口に、さしかかったようすです。
 笠原さんの家を出てから、三時間もたったころ、やっと、自動車がとまりました。うっそうと木のしげった山の中です。いったい、腹話術師は、こんなところへきて、なにをするつもりなのでしょう。
 かれは、れいの大トランクをさげて、自動車をおりました。
「おい、きみ、懐中電灯を照らして、さきに歩きたまえ。」
 運転手にそう命令して、じぶんは大トランクを、「よっこらしょ。」と、肩にかつぎました。よほど重いトランクのようです。
 そして、懐中電灯の光をたよりに、ふたりは、森の中へ、わけいっていくのでした。
 まっ暗な山みちに、からっぽになった自動車が、とりのこされていました。が、ふたりのすがたが、森の中へはいっていくと、その自動車のうしろのトランクのふたが、スーッとひらいて、中からひとりの人間が出てきました。
 十五、六歳の男の子です。その子どもが、自動車のヘッドライトの前をよこぎるときに、ちらッと見えたのですが、顔はまっ黒で、かみの毛はぼうぼうとのび、ぼろぼろの服を着たこじきのような少年です。
 そのこじき少年も、腹話術師たちのあとを追って、森の中へはいっていきました。
 トランクをかついだ腹話術師と運転手が、ぐねぐねまがった森の中のほそ道を百メートルもすすむと、そこに小さな、(すみ)やき小屋がたっていました。
 小屋の中には、だれか人間がいるらしく、ぼんやりと石油ランプの光が見えています。
 腹話術師はその小屋の前にくると、トランクをおろして小屋の板戸(いたど)を、とん、とんとんとん、とん、とんとんとん、とへんなちょうしをつけてたたきました。このたたきかたが暗号になっているのかもしれません。すると中から、板戸がギーッとひらいて、もじゃもじゃ頭に、ぶしょうひげをまっ黒にはやし、カーキ色のしごと服をきた、四十あまりの炭やきみたいな男が、ヌッと顔を出し、恐ろしい目で、こちらを、じろじろと見るのでした。
「おれだよ。なかまだよ。ところで、やっこさんのようすはどうだね?」
 腹話術師が、らんぼうな口をききました。
「ああ、おまえか。やっこさんは、あいかわらずよ。だまりこんで、考えごとをしている。もうひところのように、あれなくなったよ。」
「めしは食わしてるだろうな。」
「うん、そりゃあ、だいじょうぶだ。うえ死になんかさせやしないよ。」
「よし、それじゃあ、やっこさんに、おめにかかることにしよう。」
 腹話術師は、そういって、また、大トランクをかついで、小屋の中にはいりました。
 小屋の中は三(つぼ)ほどのせまい部屋で、いっぽうの土間には、まきやしばが、うずたかくつんであり、板の間には、うすべりをしいて、そのまんなかに、いろりがきってあります。そして、すすけた天井から、つりランプがさがっているのです。
「じゃあ、いつものように、案内したまえ。」
 腹話術師がいいますと、炭やき男は部屋のすみへいって、うすべりをはがし、その下の板を、とんとんとたたいて、グッと持ちあげました。そこが一メートル四方ほどのあげぶたになっているのです。
 そのふたの下には、深いほら穴があって、石をつんだ階段が見えています。
「きみ、やっぱり懐中電灯を照らして、さきへおりてくれ。」
 腹話術師は、運転手にそう命令して、じぶんは、そのあとから大トランクをかついで、一段、一段と下へおりていくのでした。
 石の階段を、十二ほどおりると、こんどは、横穴になっていました。立って歩けるほどのトンネルです。そこをすこしいくと、正面に頑丈な板戸がしまり、大きな錠でしまりができていました。
 かぎでその錠をひらきますと、そのむこうに、まっ暗な部屋があり、なにか、かすかに動いているようです。
 運転手が、そこへ、パッと懐中電灯の光をむけました。
 その光の中にあらわれた人間! これが人間といえるでしょうか。髪もひげものびほうだいにのびて、そのあいだから、まっ青なやせおとろえた老人の顔がのぞいています。ぼろぼろになった服の胸がはだけて、あばらぼねが、すいて見え、まるで骸骨のようです。
 ああ、このあわれな老人は、なにものでしょう? また、あやしい腹話術師の正体は? かれの大トランクの中にはいっているのは、はたして人形ばかりだったでしょうか?

 


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12/01 06:56