骸骨男の正体
このあと、地下室でどんなことが起こったか。それは、のちにわかるのですから、お話をとばして、それから三日めのできごとにうつります。その三日めの午後でした。笠原団長の西洋館へ、名探偵明智小五郎がたずねてきました。
明智は骸骨男のことで、お話したいことがあるというので、笠原さんは、ていねいに応接室にとおしました。ふたりがテーブルをはさんで、イスにかけますと、そこへ女中さんが、コーヒーをはこんでくるのでした。
「明智さん、あなたがおせわくださった若い女中が、三日ばかりまえ、からだのぐあいが悪いといって、うちへ帰ったままもどってきませんので、きのうも、あなたの事務所へ、お電話したのですが、ひどくぐあいが悪いのでしょうか。」
笠原さんが、心配そうな顔でたずねました。
「いや、これには、ちょっと、わけがあるのですよ。あの子は、べつに病気ではありません。しかし、もう二どと、ここへは帰ってこないでしょう。」
明智が、みょうなことをいいました。
「エッ? それはどういうわけですか。」
笠原さんは、へんな顔をして聞きかえします。
「あとでお話しますよ。それよりも、きょうは、おもしろいものを持ってきましたから、まずそれをおめにかけましょう。」
明智はそういって、持ってきたふろしきづつみをとくと、中から、びっくりするようなものを取りだしました。
「アッ、それは……。」
「骸骨男のかぶっていたどくろ仮面です。わたしは、とうとう、これを手に入れました。いや、そればかりではありません。骸骨男の秘密が、すっかり、わかってしまったのです。」
といって明智探偵は、笠原さんの顔を、じっと見つめました。
「エッ、骸骨男の秘密が……。」
笠原さんは、おどろきのあまりイスから立ちあがりそうにしました。なんだか、顔の色がかわっているようです。
明智は、骸骨の頭をテーブルの上において、説明をはじめました。
「あいつは、これをかぶって、みんなをこわがらせていたのです。ほら、こうして、かぶるのですよ。」
明智は、骸骨の頭を両手で持って、じぶんの頭へ、すっぽりとかぶせました。すると、まるで明智が、とつぜん、恐ろしい骸骨男になったように見えるのでした。
「こういうふうにして、化けていたのですよ。ほんとうに、骸骨の顔をもった男がいたわけではありません。頭からかぶるのですから、この骸骨は人間の顔より、ずっと大きいのです。それで、いっそう恐ろしく見えたのです。むろん、こしらえたものです。」
笠原さんは、それを聞いても、べつにおどろくようすもなく、腕ぐみをして、じっと目をつぶって、まるで眠ってでもいるように見えるのでした。明智は話しつづけます。
「骸骨男は、サーカスのテントの中でも、大型バスの中でも、またこの家でも、たびたび、煙のように消えうせましたね。その秘密は、このどくろ仮面にあったのです。どこかへ、ちょっとかくれて、どくろ仮面をぬいでしまえば、まったくべつの人になれるのですからね。
そのとき、べつの洋服を用意しておいて、着かえてしまえば、いっそうわからなくなります。犯人はきっと、べつの服装を用意しておいたのですよ。
まず、この家の二階の部屋から、骸骨男が消えうせた秘密、二どめには、骸骨男と正一君とが、消えてしまった秘密を、お話しましょう。その秘密は、わたしの少年助手の小林君が発見したのですよ。あなたにもお知らせしないで、わたしは小林君を、ここへ女中として住みこませたのです。」
「エッ、小林君が女中に?」
笠原さんは、つむっていた目をひらいて、ふしぎそうに聞きかえしました。
「小林君が女の子に変装したのです。そして、この家の女中になって、いろいろと、さぐりだしたのです。」
明智はここで、二階の窓の鉄格子が、ちょうつがいで開くようになっていること、屋根に、かくれ場所ができていることなど、女中に化けた小林少年の発見した秘密を、くわしく話して聞かせました。
「ところが、そういうしかけがあったにしても、どうしてもわからない謎が、ひとつ残るのです。屋根のかくれ場所は、人間ひとりしかはいれません。正一君を、そこへかくすと、骸骨男のかくれ場所がなくなってしまうのです。庭におりなかったことは、足あとがないので、はっきりしています。骸骨男は、いったい、どこへ、かくれてしまったのでしょう?
あのとき刑事たちが、家の中は、すみからすみまでしらべました。しかしあやしいやつは、ひとりもいなかったのです。これはいったい、どうしたわけでしょう。そこに恐ろしい秘密があったのですよ。」
明智はここで、ことばをきって、笠原さんの顔を見つめました。笠原さんはつぶっていた目を、パッと開いて、明智の顔を見ながら、なぜか、にやにやと笑うのでした。
「で、その秘密が、やっとおわかりになったのですね。」
「そうです。秘密いじょうのことがわかりました。笠原さん、犯人はいつでも、みんなの目の前にいたのです。それでいて、だれもその人をうたがわなかったのです。
なぜ、うたがわなかったかというと、その男は、犯人にねらわれている被害者だとばかり、みんなが思いこんでいたからです。
グランド=サーカスは、あんなにたびたび骸骨男があらわれたので、客がこなくなってしまいました。そのため、いちばん、そんをするのは、笠原さん、あなたでした。
骸骨男は正一君をねらいました。その正一君は、あなたの子どもです。ここでも、いちばん苦しむのは、あなただったのです。
そのあなたが、どくろ仮面をかぶり、骸骨男に化けていたなんて、だれも、考えつかないことでした。そこに、あなたの恐ろしい秘密があったのです。
いつも、骸骨男が消えたあとに、あなたがあらわれています。しかし、だれもうたがわなかったのです。あなたと骸骨男と同じ人だなんて、どうして想像できるでしょう。
いつか、大型バスの中から骸骨男が消えたのも、バスの床に、かくし戸がついていたというのはごまかしで、じつは、きみが、ひとりしばいをやって、取っくみあっているように見せかけたのです。きみと骸骨男とは、ひとりなんだから、取っくみあえるはずがありませんからね。
この秘密をといたのも、小林君でした。三日まえ、あなたの部下の腹話術師が、正一君をかくしたトランクを自動車に乗せて、大山の山中の炭やき小屋へいったとき、小林君は、こじき少年に変装して、あの自動車のうしろの荷物を入れるトランクの中に、かくれていたのですよ。そして、炭やき小屋の地下室に、だれが閉じこめられているかということを、すっかり、さぐりだしてしまいました。
笠原さん、もう警察にもわかってしまったのです。あなたの部下の腹話術師と、運転手と、炭やきに化けた男はとらえられ、地下室に閉じこめられていた、ほんとうの笠原さんと正一君は助けだされました。
おっと、ピストルなら、こちらのほうが、はやいですよ。それに、きみは、人を殺すのは、きらいなはずだったじゃありませんか。」
明智は、すばやく、ポケットから、小型の黒いピストルを出して、膝の上で笠原のほうにむけました。
笠原は、追いつめられた、けだもののような顔で、じっと、明智をにらみかえしていました。ピストルを出そうとしたら、先手をうたれたので、ポケットに入れた手を、そのままにして、ぶきみな笑い声をたてました。
「ウフフフフ……、さすがは名探偵だねえ。よくもそこまで、しらべがとどいた。それにしても、小林というちんぴらは、じつにすばしっこいやつだ。おれも、あの子どもが、女中に化けているとは、すこしも気がつかなかったよ。
ところで、明智君。おれを、どうしようというのだね。証拠がなくては、どうすることもできないじゃないか。」
笠原は、ふてぶてしく、そらうそぶいて見せるのでした。
「証拠なら、おめにかけよう。ちょっと女中さんを呼んでくれたまえ。」
女中さんがくると、明智は、玄関のそとに待っている人を、呼び入れてくるようにたのみました。しばらくして、女中さんの案内で、ひとりの老人が応接室へ、はいってきました。ちゃんとした新しい背広をきていますが、やせおとろえた顔は、あの地下室に閉じこめられていた老人に、ちがいありません。
老人は一年間、あの地下室に閉じこめられていたので、すっかりやせおとろえ、年よりのように見えますが、じつは、ここにいる笠原と同じくらいの年ごろで、もとはよくふとっていたのです。
「笠原君、そこへこられたのが、グランド=サーカスのほんとうの持ちぬしの笠原太郎さんだよ。そちらの笠原さん。一年のあいだ、あなたに化けていたのは、この男です。」
明智が、きみょうな紹介をしました。
ほんとうの笠原さんは、つかつかと、テーブルのそばに近より、にせの笠原は、すっくと、イスから立ちあがって、まっ正面からにらみあいました。たっぷり二分間ほど、ふたりとも、まっ青になって、からだをぶるぶるふるわせながら、にらみあっていました。
「ああ、明智さん、わしには思いだせません。十五年まえの遠藤平吉は、こんな顔ではなかった。しかし、こいつは、変装の名人だから、どんな顔にでもなれるのでしょう。いまのこいつの顔は、一年まえのわしと、そっくりです。」
ほんとうの笠原さんが、しわがれ声でいうのです。
「わしは、きのう、明智さんに、いろいろ話を聞いているうちに、やっと、思いだした。わしを、こんなひどいめにあわせるやつは、遠藤平吉のほかにはない。遠藤とわしとは、青年時代にグランド=サーカスの曲芸師だった。ところが、わしが、そのグランド=サーカス団長の二代目をゆずられたので、遠藤はひどく、わしをうらんで、サーカスをとびだしてしまった。
いや、そればかりではない。わしは、三年まえに、遠藤が悪いことをして、警察につかまったときに、証人になって、こいつがやったにちがいないと申したてたことがある。遠藤は、それをまたうらんだ。それで、こいつは、わしを、ほろぼしてしまおうとしたのだ。わしばかりではない、わしの子どもまで、ひどいめにあわせて、わしを苦しめたのだ。」
ほんとうの笠原さんは、そこまで、いっきにしゃべって、ちょっと口をつぐむと、かわって明智が立ちあがりました。
「きみの本名が遠藤平吉ということは、ぼくも三年まえにきいた。
しかし、いまのきみには、かぞえきれないほど、名まえがある。顔も、そのときどきに、まったく、ちがってしまう。
きみは二十の顔を、いや、四十の顔をもっているのだッ!」
そういって、明智探偵は、まっこうから、にせ笠原の顔に、人さし指をつきつけました。
「おい、二十面相! それとも四十面相と呼んだほうが、お気にいるかね。いずれにしても、とうとう、きみの運のつきがきたのだ。この家のまわりは、二十人の警官にとりかこまれている。きみはぜったいに、逃げだすことができないのだ!」