二十面相の最後
くりげのウマにまたがった骸骨男は、しきりにムチをならしながら、原っぱをかけています。もう夜ですが、大テントのまわりにたくさんの電灯がついているので、原っぱは昼のように明るいのです。大ぜいの見物たちは、ウマにまたがった骸骨男を見おくって、「ワアッ……ワアッ……。」とさわいでいます。
骸骨男のすがたが、むこうの大通りをまがって見えなくなったころ、同じくりげのウマに乗った明智探偵が、原っぱへとび出してきました。
「あっちだよう、あっちだよう。」
見物の中から、骸骨男の逃げた方向をしらせる声が、わきおこりました。
明智はたくみにウマの向きをかえて、そのほうへかけていきます。まるで競馬を見ているようです。見物の中から「名探偵しっかりやれえ……。」という叫び声がおこり、それにつづいて、「ワアッ……。」というときの声があがりました。
警視庁の三台の自動車のうち、一台を残して、二台が原っぱを出発したのは、それよりすこしあとでした。こちらはパトロールにつかう自動車ですから、ウマよりはやく走れます。しかし追いついても、ウマを止めることはむずかしいので、べつの道から先まわりをして、自動車を道のまん中へ横にして、ウマを止めてしまうつもりです。
まっ先の自動車には、中村警部と三人の警官、その膝の上に、小林、井上、野呂の三少年が乗せてもらっていました。
大通りに出ると、ずっとむこうにウマをとばす明智のすがたが見えました。
骸骨男のウマは、それよりもっと先を走っているらしいのですが、夜のことですから、はっきり見えません。
警察自動車には、小型のサーチライトがつみこんでありました。ひとりの警官が、それをとり出して、自動車を走らせたまま、屋根の前にとりつけたスイッチをおしますと、パアッと光の棒がのびて、百メートルも先を白く照らしだしました。
「アッ、ずっと向こうを骸骨男のウマが走っている。……アッ、角をまがったぞ。よし、うしろの車に近道をして、あいつの前に出るように通信したまえ。」
中村警部のさしずで、運転席に乗っていた警官が、無線電話の送話器をとり、
「百三十六号、百三十六号、こちらは中村警部。百三十六号車は、近道をして二十面相のウマの前に出てください。こちらはこのまま、追跡をつづけます。」
と叫びました。すると、すぐ前にある拡声器から、
「百三十六号、了解。」
という返事がきました。この無線電話は警視庁の本部に通じるのですが、それがそのまま、ほかの車にも聞こえるので、すぐ返事ができるわけです。
中村警部たちの自動車は、サーチライトを照らし、ウーウーとけたたましくサイレンをならしながら、明智探偵のウマのあとを、どこまでも追っていきました。
まだよいのうちですから、このウマと自動車の追っかけっこを見て、町は大さわぎになりました。まっさきに走っていくのは骸骨です。骸骨がウマに乗っているのです。
町の人たちは、こんなふしぎなものを見るのは、はじめてですから、みんな家のなかからとび出してきて、あれよ、あれよ、と見おくっています。人道を通っている人たちも、みんな立ちどまってしまい、自動車まで止まるさわぎです。白い警察自動車がサイレンをならしてやってきたら、ふつうの自動車は道をあける規則ですから、こちらの車は、なんのじゃまものもなく、思うぞんぶん走れます。
骸骨男は、ウマのしりに、ピシッ、ピシッと、ムチをあてて、あちこちと町角をまがり、だんだん、さびしいほうへ逃げていきます。
ほとんど人通りのない広い通りに出ました。両がわには大きな屋敷がならび、しいんと、しずまりかえっています。しかし、二十メートルおきぐらいに明るい街灯が立っているので、明智探偵は、骸骨男を見うしなう心配はありません。もう、ふたりのあいだは、五十メートルほどにせまっていました。
骸骨男のウマは、すこしつかれてきたようです。めちゃくちゃな乗りかたをして、むやみにムチでひっぱたくものですから、ウマがよけいにつかれるのです。
明智はなるべく身を軽くして、ウマが走りやすいようにしていました。ムチもつかいません。ですから、こちらのウマは、まだつかれていないのです。元気いっぱいに走っています。
骸骨男とのあいだが、だんだん、ちぢまっていきました。四十メートル、三十メートル、二十メートル、ああ、もう十メートルほどになりました。手に汗にぎる競馬です。うしろのウマが、ぐんぐん、前のウマにせまっているのです。
そのとき明智は、たずなをはなして、腰のかげんでウマを走らせながら、両手でほそびきのたばをほぐし、結び玉をつくって、大きな輪にしました。そして、それを右手に持って、クルッと頭の上でまわしはじめたのです。
アッ、投げ縄です。明智は投げ縄の術を知っていたのです。その縄を前の骸骨男の首にひっかけて、ウマから引きずりおろそうとしているのです。
小林少年は、うしろの自動車から、それを見ていました。
「おい、あれをごらん! 明智先生はカウ=ボーイみたいに、投げ縄ができる人だよ。」
となりの井上君をひじでつついて、ほこらしげにいうのでした。
「うん、さすがに明智君だな。こんなかくし芸があるとは知らなかった。」
中村警部も感心したように、つぶやきました。
前の二とうのウマは、もう目の先にいます。強いサーチライトの光が、それを照らしているのですから、どんなこまかいことも、ありありと見えるのです。
二とうのウマは、矢のようにとんでいます。骸骨男がひょいとうしろをふり向きました。明智のウマのひづめの音が聞こえたからでしょう。かれは明智の頭の上で、ぐるぐるとまわっているほそびきに気がついたようです。
そのときです。明智の右手がパッとのびました。そして、まわっていたほそびきが、輪をつくったまま、サーッと宙を飛んだのです。
うしろの自動車では、小林君たちが思わず、アッと声をたてました。
サーチライトの光の中に、骸骨男が、まっさかさまにウマから落ちるのが見えます。投げ縄は、みごとに命中したのです。
骸骨男のウマは、そのまま走りさってしまいました。明智のウマが、地面にころがった骸骨男よりも前にすすみました。骸骨男は、首にかかったほそびきで、ずるずると、地面を引きずられています。
骸骨男の左手が、首のほそびきにかかっていました。そうしなければ、首がしまって死んでしまうからです。そして、右手でなにかやっています。黒いシャツのポケットから、なにかとり出しました。よく見えません。しかし、ピカッと光ったようです。
アッ、ナイフです。ナイフをほそびきにあてました。サッと右手が動きました。すると、プッツリと、ほそびきが切れてしまったのです。
骸骨男は、むくむくと起きあがりました。そして、やにわにかけ出したではありませんか。
自動車の中の小林少年たちは、またしても、アッと声をたてて、手に汗をにぎりました。
そこは、ちょうど十字路でした。骸骨男は、それを右にまがってかけ出したのです。明智は、まだ気づかないで、まっすぐに走っていきます。
「車を止めろ! そして、あいつを追っかけるんだッ!」
中村警部がどなりました。キーッとブレイキの音をたてて車が止まりました。パッとドアをひらいて、警官たちがかけ出しました。小林君たちも、そのあとにつづきます。
自動車には運転がかりの警官が残って、みんなのあとを追いながら、サーチライトを照らしてくれました。
骸骨男は黒い風のように走っていきます。そのはやいこと。警官たちは、とてもかないません。
そのとき、町のむこうの方から、パッと、ギラギラ光った二つの目玉があらわれました。自動車のヘッドライトです。それは、先まわりをした警察自動車でした。ヘッドライトの中に、骸骨男のすがたがはいったので、すぐ車を止めて、中からどやどやと警官がおりてきました。
骸骨男は、はさみうちになったのです。もうどうすることもできません。とうとう、覚悟をきめて立ちどまりました。
そこへ、前とうしろから警官たちがとびかかっていって、おりかさなるようにして、怪物をとらえ、手錠をはめたうえ、ぐるぐる巻きにしばりあげてしまいました。手錠だけでは、あぶないと思ったのです。
明智探偵も、その場にもどってウマからおり、中村警部と顔を見あわせて、この大とりものの成功をよろこびあっていました。
「明智君!」
しばりあげられた二十面相の骸骨男が、くるしそうな声で呼びかけました。
「ぼくの負けだよ。もうこれいじょう奥の手はないから、安心したまえ。しんみょうに、さばきをうけるよ。しかし、きみが投げ縄の名人とは、知らなかったね。見たまえ、首にこんな傷ができたよ。」
いかにも、二十面相の首には、ほそびきですれた、まっ赤なあとがついていました。
こうして、さすがの怪人二十面相も、ついにとらわれの身となったのでした。
小林、井上、野呂の三少年は、このありさまを見て、うれしくてたまりません。ちゃめのノロちゃんは、もうだまっていられなくなりました。
「明智先生、ばんざあい! 明智大探偵、ばんざあい!」
おどりあがるようにして叫びました。
それを聞くと、いかめしい警官たちも、思わず顔をほころばせ、その笑い声が、しずかな町にひびきわたるのでした。