どろぼう人形
神山進一君は、みんなより一足さきに家へ帰りました。進一君は家の中で、あのあやしい人形を見はっている役目です。
夜になって、なにかあやしいことが起こったら、二階の窓から、万年筆がたの懐中電灯を、パッ、パッ、パッ、と三度ずつ、つけたり消したりすることをつづけて、外の少年たちに、知らせる約束でした。この万年筆がたの懐中電灯は、「探偵七つ道具」の一つなのです。
夜になり、夕ごはんがすみ、勉強の時間がすみ、ベッドにはいるころになっても、べつになにごともおこりません。
進一君は、昼間の服をきたままベッドにはいりましたが、外で見はりをしている仲間のことを考えると、眠れるものではありません。
「もう九時すぎだから、井上君とノロちゃんは、家へ帰ったかもしれない。だが、マユミさんとチンピラ隊は、まだ残っているだろう。まっ暗やみの中で、なにか起こるのを、じっと待っているだろう。」
そう思うと、なんだか、みんなにすまないような気がするのでした。
それから三十分もたったころです。進一君は、なぜか胸がどきどきしてきました。家じゅうの人がみんな寝てしまって、シーンとしずまりかえっています。そのしずかな中を、あの美しいユリ子人形が、こっそり歩いているのではないかと思うと、もうじっとしていられなくなりました。
進一君はベッドを出て、そっとドアをあけ、廊下へ出ました。電灯が消してあるので、まっ暗です。足音をたてないように、壁をつたって、人形部屋のほうへ歩いていきました。
進一君はハッとして立ちどまりました。かすかに、ものの動くけはいが感じられたからです。
そこは、廊下がTの字になっていました。壁にからだをくっつけるようにして見ていますと、むこうの廊下が、ほのかに明るくなったような気がします。
うす暗い中にもはっきり見える、ゆうぜんもようが、ひらひらとしました。ユリ子人形です。おばけ人形は、白い四角なふろしきづつみのようなものを胸にだきしめて、むこうの廊下を、スーッととおりすぎていきました。
こんどこそ、夢ではありません。ユリ子人形は、やっぱり生きていたのです。しかし、あの白いふろしきづつみは、いったいなんでしょう?
「あっ、そうだ! あの大きさ、あの四角い形、あれは、『ほのおの宝冠』の皮箱にちがいない。やっぱりそうだった。あいつは宝冠を盗むために、この家へはいりこんできたのだ!」
進一君は、とっさにそこへ気がつきました。そして、あいてにさとられぬように、あとをつけました。
ユリ子人形は、廊下のつきあたりまでいくと、そこの階段をのぼりました。階段の上は庭に面した廊下で、いくつもガラス窓がならんでいます。
おばけ人形は、そのまん中ほどまでいくと、そっとガラス窓を開きました。
「あっ、窓から庭へとびおりるつもりかしら? それなら、なにも二階へあがらなくても、下の廊下の窓を開けばいいのに……。」
進一君は、ふしぎに思って、ずっとこちらの窓のそばで、ようすをうかがっていました。
すると、人形は、胸にだいていた白いふろしきづつみを、両手で頭の上にさしあげました。
「おやっ、いったいなにをするんだろう?」
と思うまもなく、白いふろしきづつみは、まっ暗な庭へ、パッとほうりだされたではありませんか。
白いものが、スーッと曲線をえがいて、下の地面へ落ちていくのが見えました。
「あっ! わかった。庭のやみの中に、だれかが待ちうけているのだ。そして、ふろしきづつみを受けとって、逃げだすつもりなんだ!」
進一君は、それと気づくと、そこの空部屋のドアを、そっと開いてすべりこみ、おもてがわに面した窓に近づいて、音のしないようにそれを開くと、万年筆がたの懐中電灯をとり出して、パッ、パッ、パッと三度ずつ、つけたり消したりすることを、なんどもつづけるのでした。
× × ×
そのとき、へいの外のまっ暗な道に、ヘッドライトを消した一台の自動車がとまっていました。
まっ黒な服をきた男が、白いふろしきづつみをかかえて、へいをのりこえ、そこへ、走ってきたかと思うと、開いていたうしろのドアから、自動車の中にとびこみました。すると自動車は、音もなく動きだし、どことも知れず遠ざかっていくのでした。
そのとき、自動車のうしろで、みょうなことが起こっているのを、怪人物は、すこしも気づかなかったようです。
男がへいをのりこして走ってくるまでは、自動車のうしろの荷物を入れるトランクのふたが、三センチほど開いていました。
それが、男の足音をきくと、ちょうど敵におそわれた貝が、貝がらの口をとじるように、ピッタリしまったではありませんか。
どうやら、トランクの中に人間がかくれているらしいのです。それはチンピラ隊のひとりではないでしょうか。それとも、もしかしたら、男姿のマユミさんがトランクの中に身をひそめて、怪人物のすみかをたしかめようとしているのではないでしょうか。