ジャングルの王さま
マユミさんは、しばらくのあいだ、そこにたおれたまま、ぐったりとしていましたが、ふと気がつくと、むこうのしげみのあいだで、なにか、ちろちろと動いているものが見えました。
なんだか、青黒い、ぬめぬめしたやつです。そいつが、大きなシダのような葉をかきわけて、ヌーッと、こちらへ出てきました。
マユミさんは、大きなにしきヘビではないかと、ギョッとしましたが、ヘビではありません。足があるからです。
ああ、ワニです。ヘビよりも恐ろしい、人くいワニです。
でも、青黒いからだのワニなんて、あるでしょうか。
そいつが、はんぶんばかり姿をあらわしました。形は、ワニとそっくりです。とび出した二つの大きな目、とんがった口を、ぱくぱくと開くたびに、赤黒い長いしたが、ちろちろと、ほのおのようにとび出します。
ああ、わかった。トカゲです。ふつうのトカゲの、何千倍もあるような、おばけトカゲです。からだが、ぬめぬめと光っていて、チョロッ、チョロッと歩くところが、トカゲそっくりなのです。
ヘビほどこわくはないけれど、こんな大きなトカゲなら、人間をくってしまうかもしれません。
マユミさんは、逃げたいのをがまんして、じっとしていました。身動きしたら、パッと、とびかかってくるだろうと思ったからです。
大トカゲは、チョロチョロとはい出してきました。そして、マユミさんのそばまでくると、首をもたげて、じろりと、こちらの顔を見ました。そして大きな口を、ガッと開き、あの赤黒いほのおのようなしたを、ぺろぺろと出して、いまにもマユミさんの顔をなめそうにするのです。
マユミさんは、からだがしびれたようになって、動くことも、どうすることもできません。声さえ出ないのです。
大トカゲは、マユミさんのまわりを、ぐるぐるまわりはじめました。えものを見つけたうれしさに、おどりまわっているようなかっこうです。
しかし、ほんとうは、そうでないことがわかりました。大トカゲも、なにかを恐れて逃げてきたのです。
「ねえさん、用心するがいいよ。いまにジャングルの王さまがやってくるからね。おれは、あいつがこわいのだよ。まっぷたつにひきさかれてしまうからね。ねえさん、おれのみかたになって、助けておくれよ。」
大トカゲは、マユミさんのまわりをぐるぐるまわりながら、子どものようなきいきい声で、そんなことをいいました。
このジャングルでは、木がものをいったり、トカゲがものをいったりするのです。西洋悪魔が魔法の力でこしらえたジャングルですから、なにからなにまで、ふしぎなことばかりです。
マユミさんは、大トカゲが、あんがい弱虫なので、すこし安心しましたが、ジャングルの王さまとは、いったい何者でしょう。どんな恐ろしいやつがあらわれてくるのかと、こんどはそれが心配になってきました。
「そらっ、きたきた。ジャングルの王さまがやってきた。ねえさん、用心するがいいぜ。」
大トカゲが、また、きいきい声でいいました。
すると、むこうの木のしげみが、がさがさと動いて、そこから、人間の倍もある大きな手が、ヌーッとあらわれました。茶色の毛におおわれていて、てのひらは、まっ黒です。
やがて、もう一本の手があらわれ、両手で木の葉をかきわけながら、恐ろしい顔を、のぞかせました。
顔も茶色の毛でおおわれ、その中に、ギロリとした目が光っています。ひらべったい鼻、黄色い歯をむきだした、耳までさけた口。ああ、ゴリラです。このジャングルには、ゴリラがすんでいたのです。
巨大なゴリラは、もう全身をあらわし、ふといみじかい足で、よたよたと、こちらへ近づいてきます。
そのものすごいかっこうを見ると、マユミさんは、もうがまんができません。
「キャーッ!」
と、悲鳴をあげて、逃げだそうとしました。
そのとき、ゴリラの口から、「グルルルル……。」というような恐ろしい声がひびき、パッと、こちらへとびかかってきたではありませんか。
マユミさんは、いまにもつかみ殺されるのかと、おもわず、地面に身をふせましたが、ゴリラがとびかかったのは、マユミさんではなくて、大トカゲでした。
「キューン! 助けてくれえ……。」
大トカゲのきいきい声が、ひびきわたりました。
ゴリラは、大トカゲにとびつくと、いきなり、毛むくじゃらの両手を、上あごと下あごにかけ、「グルルル……。」とうなって、大トカゲの首を持ちあげました。
つぎの瞬間には、じつに恐ろしいことがおこったのです。ゴリラは大トカゲの口を、両手で、グーッと開いたかとおもうと、そのままめりめりと、しっぽのほうまで、まっぷたつにひきさいてしまったのです。
ところが、ふしぎなことに、大トカゲは、ひきさかれても、血が出ないのです。そして腹の中には、はらわたでなくて、大きいのや、小さいのや、たくさんの歯車が、ウジャウジャとはいっていました。
まっぷたつにひきさかれると、その歯車が、ジャラジャラと音をたてて、地面にこぼれ落ちたではありませんか。
この大トカゲも、生きているのではなくて、歯車のしかけで動く作りものでした。西洋悪魔は、人形だけでなく、動物までこしらえる、ふしぎなうでを持っていたのです。大トカゲが、きいきい声でしゃべったのも、きっと、テープレコーダーのしかけでしょう。
ゴリラは、大トカゲの腹の中から、歯車がこぼれ落ちたのを見ると、いきなり両手で、それをかきまわしました。すると、歯車のあいだから、レコードのテープらしいものが、クシャクシャにもつれて、あらわれたのです。
ゴリラは、大トカゲのしがいを、めちゃめちゃにふみつぶしてしまうと、こんどは、そこに、ぼんやりとつっ立っていたマユミさんのほうに、恐ろしい顔をむけました。