ゴリラのけらいたち
ゴリラは、勝ちほこったように立ちあがって、「ウオーッ、ウオーッ。」と、うなり声をたて、両手でじぶんの腹を、ボーン、ボーンとたたくのでした。かちどきをあげているのです。
すると、それがあいずだったのか、ジャングルの奥のほうから、「きい、きい。」と叫び声をたてながら、たくさんのサルが出てきました。
一ぴき、二ひき、三びき……、八ひき。みんなで八ひきです。顔とおしりのまっかな、ふつうのサルどもです。ゴリラは人間のおとなよりも、ずっと大きいのですが、いま出てきたサルどもは、人間のこどもくらいのからだです。みんなジャングルの王さまのけらいなのでしょう。ゴリラのまわりをとりかこんで、うやうやしく王さまを見あげながら、一ぴきずつ、そこへうずくまるのでした。
ゴリラは、それに答えるように、もう一度、「ウオーッ。」とうなってから、マユミさんのほうをふりむきました。そして、こんどはおまえの番だぞ、といわぬばかりに、のっし、のっしと、こちらへやってくるではありませんか。
「キャーッ! たすけてえっ……。」
マユミさんは、からだがしびれているので、逃げることはできませんから、ありったけの声をふりしぼって、叫ぶばかりです。
ゴリラの巨大な毛むくじゃらのからだが、一メートルまで近づきました。
もうだめです。いまに、首をしめられるか、両足を持って、まっぷたつにひきさかれるかと思うと、マユミさんは、頭から、スーッと血がひいたようになって、なにも見えなくなってしまいました。気をうしなったのです。
ところが、そのとき、なんともわけがわからないことが起こりました。
「ウオーッ!」
ゴリラが、おこったようなうなり声をたてました。けらいのサルたちが、ゴリラの足にからみついてきたからです。一本の足に、三びきずつのサルがかさなりあって、とりついているのです。
ゴリラは、足でけちらそうとしましたが、小さいサルでも、六ぴきの力にはかないません。あっというまに、ゴリラはそこへころがってしまいました。
「きい、きい、きい、きい……。」
サルどもは、よろこびの叫び声をたてて、ゴリラのからだの上へ、かさなりあっていきました。ゴリラは、四本の手足をめったむしょうに動かして、はらいのけようとしますが、逃げてはあつまり、逃げてはあつまり、執念ぶかくせめてくるので、どうすることもできません。
「ガアアッ、ウオーッ……。」と、恐ろしい声で、ほえるばかりです。
マユミさんは、ふと気がつくと、一ぴきのサルに、だき起こされていました。その毛むくじゃらのからだにさわったので、ギョッとして悲鳴をあげようとしましたが、そのとき、人間のことばが耳のそばで聞こえました。
「だいじょうぶですよ。ぼく小林です。いまに、あいつの秘密をあばいてやるから、見ていらっしゃい。」
マユミさんは、夢ではないかと思いました。じぶんを助け起こしてくれたサルが、人間のことばをしゃべっているからです。
「わかりますか。ぼく小林ですよ。」
そんなこといわれたって、わかるはずがありません。あいてはサルです。サルが小林だなんて、さっぱりわけがわかりません。しかしその声には、聞きおぼえがありました。明智探偵の助手としては、マユミさんよりせんぱいの、小林少年の声です。
「あなた小林芳雄さんなの。」
マユミさんは、かすかな声でたずねました。
「そうですよ。マユミさんを助けにきたのです。いまに、明智先生や中村警部もここへやってきますよ。」
「それじゃあ、あの西洋悪魔は。」
「あれをごらんなさい。ほら、あすこにいますよ。」
マユミさんは、キョロキョロとあたりを見まわしました。
あの恐ろしいゴリラは、おおぜいのサルに、ひどいめにあっています。サルどもは、よってたかって、ゴリラの頭を、スポッとぬきとってしまいました。ぬきとったといっても、首ではありません。ゴリラの仮面をぬがせたのです。あのゴリラの中には、人間がはいっていたのです。ゴリラの頭の部分をぬきとってしまうと、その下から人間の顔があらわれました。
あっ、西洋悪魔です。黒い髪の毛をまん中からわけて、ぴんとはねた口ひげと、あごひげをはやした、あの西洋悪魔が、ゴリラの毛皮をかぶってばけていたのです。
ばけのかわをはがされたので、もうしかたがないと思ったのか、西洋悪魔は、着ていたゴリラの毛皮もぬぎすててしまい、ぴったり身についた黒いシャツとズボンの姿になって、すっくとそこに立ちあがりました。
「やいっ、きさまたち、気でもちがったのかっ。手下のくせにおれを、こんなめにあわせるとは、なにごとだっ。」
恐ろしい声で、どなりつけるのです。すると、一ぴきのサルが、人間のこどもの声で答えました。
「おれたち、おまえの手下じゃないよ。おまえの手下は、むこうの部屋に、みんなしばりあげてあるのさ。」
「えっ、なんだって? それじゃあ、きさまたちはいったい何者だ。」
「少年探偵団と、チンピラ別働隊だよ。おらあ別働隊のほうさ。だが、団長もいるよ。ほらマユミさんのそばにいる、あの大きいサルが小林団長だよ。」
ああ、これはどうしたことでしょう。小林団長のひきいる少年探偵団とチンピラ隊とが、いつのまにか地底のジャングルへしのびこんでいたのです。
あとになってわかったのですが、このてがらをたてたのは、マユミさんが、ロボットにせめられているとき、どこかへいなくなってしまったポケット小僧でした。ポケット小僧は、やはりチンピラ別働隊のひとりで、ポケットへはいるほど、からだが小さいというので、そんなあだなをつけられていたのです。
からだは小さいけれども、たいへんすばしっこい子どもで、マユミさんがあぶないと見ると、すぐに町へとび出していって、小林団長に電話をかけて、西洋悪魔のすみかをしらせ、それから、じぶんはこの家にとってかえして窓からしのびこみ、からだの小さいのをさいわいに、だれにも知られないように、家じゅうを歩きまわって、地底のジャングルの秘密もしらべてしまったのです。
地底のジャングルは、むろん、西洋悪魔がつくったこしらえもので、その奥に楽屋のような部屋があり、そこに八人の少年がサルの毛皮をきて、ゴリラ大王のけらいになって、ジャングルへ出ていくということも、すっかりわかってしまったのです。
電話を聞いた小林団長は、すぐにそのことを明智探偵に知らせ、じぶんは、近くの少年探偵団員五人と、チンピラ隊五人を呼びあつめ、自動車でこの家へかけつけました。そして、ポケット小僧とうちあわせたうえ、楽屋へとびこんでいって、八人の少年をしばりあげ、声を出さないようにさるぐつわまではめたのです。それから、団員とチンピラ隊から八人の少年をえらんで、サルの毛皮を着せ、ゴリラのけらいになりすまして、ジャングルの中へあらわれたというわけでした。ゴリラが、ふいをうたれておどろいたのも、むりはありません。