第二のヘリコプター
怪人四十面相は、縄ばしごをのぼりきって、操縦室の入口に両手をかけると、鉄棒のしりあがりで、ひょいと中へはいりました。
「松下か?」
怪人が声をかけますと、操縦席にいた男は、縄ばしごをたぐりあげながら、
「はい!」
とこたえました。
「もうひとりは、だれだ?」
「しんまいの、あっしの助手ですよ。」
松下とよばれた男は、みょうに、かすれた声でいいました。かれは、とりうち帽をふかくかぶり、洋服のえりをたてて、なぜか、顔をかくすようにしています。
「ふうん、こんな助手がいたのかい。子どもみたいに、ちっちゃいやつじゃないか。」
いかにも、その助手は、子どものようにせのひくい、へんな男でした。やっぱり、とりうち帽子をふかくかぶり、だぶだぶの服をきています。子どもが、おとなの服をきているようなかっこうです。
四十面相は、ちょっとふしぎそうな顔をしましたが、いまは、そんなことを考えているばあいではありません。いっこくもはやく、このばを逃げださなければならないのです。
松下という部下は、操縦席について、きゅうにヘリコプターを上昇させ、そのまま東のほうへ進ませました。
ヘリコプターのぜんぽうには、自動車のヘッドライトのようなものがついていますが、操縦室の中は、うす暗いのです。電灯も、操縦機のところを照らしているばかりで、おたがいの顔も、はっきり見えないほどでした。
「松下、いくさきはわかっているな。」
四十面相が、ねんをおすようにいいました。
「どちらにしましょう。」
松下が、うつむいたまま、やっぱりかすれた声で聞きかえします。
「どちらだって? ばかッ、きまってるじゃないか。きめんじょうだ。」
「きめんじょうですか。」
「うん、きめんじょうだよ。きみはなにをぼんやりしているんだ。へんだぞ。どうかしたのかッ。」
「いや、なんでもないんです。ちょっと、ほかのことを考えていたので……。」
「なにッ、ほかのことを? おいおい、しっかりしてくれ。操縦しながら、ほかのことなんか考えるやつがあるか。ここは空の上だよ。落ちたら命がないんだぜ。」
「すみません。」
松下は、かすれた声で、しおらしくわびをいいました。
空は雲がかかってまっ暗ですが、目の下には東京の町の明かりが、美しくかがやいていました。まるで宝石をばらまいたようです。
「おいッ、松下。きみは、きょうはよっぽど、どうかしているな。方角がちがうじゃないか。さっきのままでいいんだ。どうして、もとのほうへひっかえすんだ。」
東のほうへ進んでいたヘリコプターが、いつのまにか、ぐるッとむきをかえて、西にむかって飛んでいるのです。
「かしら、だまっていてください。ヘリコプターのことは、あっしにまかしといてくださいよ。気流がわるいんです。ちょっと、まわりみちをするだけです。」
やっぱり、へんてこなかすれ声です。
「きみ、その声はどうしたんだ。かぜでもひいたのか。」
「ええ、ちょっとね。なに、たいしたこたあありませんよ。」
四十面相はさっきから、松下のいうことがどうもよく分かりません。それにとりうち帽子で顔をかくすようにして、下ばかりむいているのもへんです。ひょっとしたら、こいつにせものじゃないのかな、と、恐ろしいうたがいが心をかすめました。
そのときです。右手のほうの空に、ひとつの光が飛んでいるのに、気がつきました。星ではありません。
とすると、空を飛ぶ光といえば、飛行機かヘリコプターのほかには、ないはずです。
飛行機ではありません。どうも、こちらとおなじような、ヘリコプターらしいのです。
やっぱりヘリコプターでした。こっちへ近づいてくるようです。まるい、すきとおった操縦室が見えてきました。そのなかにいる人間のすがたまで、ありありと見えてきました。
そのヘリコプターはぐんぐん近づいてきます。五十メートル、三十メートル、やがて十メートルまで接近しました。
そして、こちらとおなじ方向へならんで飛んでいます。
もう、操縦士の顔がぼんやりと見えるほどです。
オヤッ、あそこにいるのは、松下じゃないか。
四十面相は、ギョッとしたように、こちらの松下のよこ顔を見つめました。ちがう、ちがう。こいつは、おれの部下の松下じゃない。あやういところを助けてくれたので、部下とばかり思っていた。部下のうちで、ヘリコプターを操縦できるやつは、松下のほかにないのだから、こいつを松下だと思いこんでいた。
だが、ちがう。こいつは松下じゃない。むこうのヘリコプターにいるのが松下だ。すると、こいつはいったい。なにものだろう?
「おいッ、きみは松下じゃないんだなッ。」
四十面相は、操縦士のわきばらをこづきながら、おしころしたような声できめつけました。