操縦士の正体
松下とよばれていた男は、はじめて顔を上にむけ、正面から四十面相をにらみつけました。
「松下でないとすると、だれだと思うね。」
「なにッ、さては、きさまッ。」
「おっと、身うごきしちゃいけない。ぼくの手がくるったら、みんなおだぶつだからね。それに、きみの背中にかたいものがあたっているのが、わかるかね。ピストルのつつ先だよ。きみのうしろに、ぼくの助手の小男がうずくまって、ピストルをつきつけているんだよ。手むかいをすれば、きみの命はないんだぜ。」
「ちきしょうッ! きさま、いったいなにものだッ? 敵か味方か。まさか味方じゃあないだろう。すると、さっき、屋根の上から、おれを助けてくれたのは、どういうわけだ。」
「助けたんじゃあない。つかまえたんだよ。そして、いまきみを警視庁へつれていくところさ。」
「それじゃあ、きさま、警視庁のやろうかッ。」
「そうでもないよ。おい、四十面相、ぼくをわすれたのかね。」
操縦士はそういって、ポケットから、あぶらをしませた手ぬぐいをだすと、それでじぶんの顔を、ぐるぐると、なでまわしました。変装のけしょうを、ふきとったのです。
「アッ、きさま、明智小五郎だなッ。」
「ウフフフフフ……、やっとわかったかね。そして、きみのうしろからピストルをつきつけているのは、ぼくの少年助手の小林だよ。おとなの服をきて、小男にばけていたのさ。」
読者諸君、ちょっと、思いだしてください。四十面相が神山邸の洋館の屋根にのぼったとき、やしきをとりまく警官隊のなかに、明智探偵と小林少年のすがたが見えなかったことは、まえの章に書いてあります。あれを思いだしてください。ふたりは、そのとき、警視庁のヘリコプターをかりだして、神山邸へ飛んでくるために、そっとたちさったのです。
明智探偵は、自動車はもちろん、飛行機でも、ヘリコプターでも、操縦できるうでまえをもっていました。名探偵というものは、万能選手でなければなりません。明智は青年時代から、あらゆるスポーツでからだをきたえてきました。そして、飛行機の操縦までも、じゅうぶん練習していたのです。
「おい、四十面相。きみは、せっかく苦心をして、牢やぶりをしたかとおもうと、もう、つかまってしまったね。こんなにはやくつかまるなんて、いつものきみにも、にあわないことじゃないか。
ハハハハハ。きみがヘリコプターを持っていることは、ちゃんとわかっていた。だから、きみが、あの西洋館の高い屋根へ逃げのぼったとき、ぼくは、すぐにヘリコプターを思いだした。そのほかに、四方をかこまれたあの屋根から、逃げる方法はないのだからね。
きみは部下とうちあわせておいて、ちょうどいいじぶんに、ヘリコプターがあそこへ飛んでくるようにしておいた。そしてじぶんのヘリコプターに乗って、逃げだすつもりだった。
ぼくはそれがわかったので、小林君をつれて、警視庁にかけつけ、ふたりとも変装をして、このヘリコプターに乗りこんだ。そして、きみの部下のヘリコプターがやってくるまえに、先をこして、あの屋根の上にあらわれたのだ。
よく見れば、きみのヘリコプターと、これとはかたちがちがっているのだが、水ぜめにあって、めんくらっていたきみには、その見わけがつかなかった。助けだしにきたからには、自分のヘリコプターだと、思いこんでしまったのだ。そして、まんまと、ぼくのわなに、かかったというわけだよ。
あそこに飛んでいるのが、きみのヘリコプターだ。そして、あの操縦席にいるのがきみの部下の松下という男だろう。ひとあしおくれて首領をさらわれ、びっくりして、追っかけてきたのだ。だが、まさか、こっちのヘリコプターを、射撃するわけにもいくまい。首領のきみが、乗っているんだからね。
あの男は、どうしていいかわからなくなって、ただぼくたちを、つけているのだ。いまに、自分もつかまってしまうのも知らないでね。ハハハハハ……。
それじゃあ、きみをつかまえたことを警視庁に知らせて、よろこばせることにしよう。きみも聞いていたまえ。」
明智はそういって、操縦席のまえにある無線電話の送話機をとって、警視庁の無電室をよびだすのでした。
「こちらは空中警邏機第二号。報告します。神山邸洋館屋上で、怪人四十面相を逮捕、ただいま警視庁にむかって飛行中。いまから、やく十分ののち、日比谷公園の広場に着陸の予定。着陸地点に数名の警官を配置してください。」
明智は送話機にむかって、おなじことを、二度くりかえしました。すると、むこうから、
「警視庁りょうかい。」
という返事が、はっきり聞こえてきました。
「四十面相、もうひとつきみに知らせておくことがある。きみはレンブラントの名画をぬすみだして、背中にしょっているつもりだろうが、それはとんだ思いちがいだよ。そのふろしきづつみをといて、よくしらべてみるがいい。」
明智にそういわれて、四十面相は、びっくりしたような顔をしました。そこで、のろのろと、ふろしきづつみをおろし、なかのカンバスをだしてひらきました。そして、ひと目その画面を見ると、おもわず、「アッ!」と声をたてないではいられませんでした。
ごらんなさい。それは、いつのまにか、レンブラントとはにてもにつかない、へたくそな風景画にかわっていたではありませんか。
四十面相のあっけにとられた顔を見ると、明智探偵は、さも、こきみよさそうに、笑いだすのでした。
「ハハハハ……、おい、四十面相君。こんどはなにからなにまで、きみの負けだね。ぬすみだした絵は、まるでちがったにせものだった。助けだされたと思ったヘリコプターは、警視庁の警邏機だった。そして、それに乗っていたのは、きみがこの世で、いちばん恐れている明智小五郎だったとは。ハハハハ……。」