ポケット小僧の冒険
ポケット小僧が、奇面城の洞窟に帰ると、まもなく、四十面相と美しい女の人が、さんぽからもどってきました。
それから、まる二日のあいだポケット小僧は、洞窟の中に足をひそめていたのです。夜は、あの物置部屋で眠り、昼は、みつからぬように気をくばりながら、ほうぼうの部屋をのぞきまわり、四十面相のすみ家のようすをしらべました。
さいわい、洞窟の廊下はうす暗いので、四十面相の部下たちにであっても、すばやく身をかくせば、相手にさとられないですむのです。食事は、ときどき台所からぬすみ出せばいいのですから、おなかがへるようなこともありません。
そうしてしらべたところによりますと、洞窟の中にすんでいるのは、四十面相からコックまでくわえて、十一人にすぎないことがわかりました。
四十面相の部下は、もっとたくさんいるのでしょうが、いまここには十一人だけなのです。
しかし、十一人がごはんをたべているのですから、どこからか食料を、はこばなければなりません。電気をおこす石炭もいるでしょうし、そのほか、いろいろなものを持ってこなければなりません。
自動車のとおれない山の中です。そういうものをはこぶには、人間が背中にしょって山道をのぼってくるか、ヘリコプターをつかうほかはないのです。あのヘリコプターは、たびたびここから飛びたって、そういうものを、はこんでいるのにちがいありません。
ポケット小僧は、それを待っていたのです。東京へ帰るのには、そのおりを待って、うまくやるほかはないと考えていたのです。
すると、さいわいにも三日めの夜、そのおりがきました。
四十面相が、ふたりの部下に、ヘリコプターでどこかの町へいって、食料品をつんでくるように命令しているのを、立ちぎきしたのです。
そこで、ふたりの部下が身じたくをして、洞窟をでていくあとを、そっとついていきました。
夜のことですから、そとにでるとまっ暗です。ふたりの部下は懐中電灯をつけて、足もとを照らしながら、ヘリコプターのほうへ近づいていきます。昼間のうちに、いつでも飛べるように準備がしてあったのです。
ポケット小僧は、ふたりがヘリコプターに乗りこまないさきに、あの操縦席のいすのうしろにある、ズックをかぶせたかごの中へ、もぐりこむつもりでした。
しかし、いくら闇夜といっても、ふたりをおいこしたら、すぐに見つかってしまいます。なにか計略をもちいなければなりません。
ポケット小僧はりこうな少年ですから、それも、ちゃんと考えてありました。かれは、ふたりの部下のそばをはなれて、よこての森の中へかけこみました。そして、いきなり、
「キャーッ、助けてくれえッ……。」
と叫んだのです。
おどろいたのは、ふたりです。だれもいるはずのない森の中から、ひめいが聞こえてきたので、すてておくわけにはいきません。
おおいそぎで森の中へかけこんで、そのへんをさがしまわりました。
しかし、ふたりがそこへはいってきたころには、もうポケット小僧は森の中を走って、ヘリコプターのほうへ近づいていました。
そして、部下たちがさがしつかれて、森のそとへでたときには、とっくに、あの操縦席のかごの中へ身をひそめていたのです。
かごにはズックがかぶせてあるので、中からその口をしめれば、大きなふろしきづつみのようになり、もう見つかる心配はありません。
「たしかに、人間の声だったな。」
「うん、おれもそう思った。だが、鳥がないたのかもしれない。この山には、人間みたいななき声をだすお化け鳥がいるからね。聞きちがいだよ。こんなところへ人間がくるはずがないからね。」
ふたりの部下は、ぶつぶつそんなことをつぶやきながら、操縦席へ乗りこんできました。
やがて、プロペラがまわりはじめます。
ぶるるん、ぶるるん、ぶるるん。
そして、機体がスウッと浮きあがったかとおもうと、だんだん速度をはやめながら、どこともしれず飛んでいくのです。
一時間も飛んだでしょうか。だんだん速度がにぶくなり、機体がさがっていって、どこかへ着陸しました。
ポケット小僧はズックにつつまれているので、それがどんな場所だか、すこしもわかりません。
「おい、あすこに、自動車が待っているぜ。さあ、かごをおろすんだ。」
ズックにつつまれたかごを、操縦席の入口のところまでひっぱっておいて、地面におりたふたりが、それをひきずりおろすのです。
かごは、グッとひかれ、どしんと地面にたたきつけられました。
そのひょうしに中にいるポケット小僧は、頭や肩や腰をひどくかごにぶっつけましたが、いくらいたくても、声をたてることもできません。歯をくいしばってがまんしていました。
なにしろ、ポケットにはいるといわれているほどの小さな少年ですから、めかたもかるく、ふたりの部下は、まさか、かごの中に人間がはいっているなんて夢にもしりませんので、いつもよりすこしぐらい重くても、うたがって見ようともしないのでした。
かごを地面におくと、ふたりは、むこうの自動車のほうへ歩いていったようすです。
そのすきにポケット小僧は、そっとズックの口をひらいて、そとをのぞいてみました。
まっ暗です。家などどこにも見えません。町から遠くはなれた広い原っぱのようなところです。
二十メートルほどむこうに、ヘッドライトを消した自動車の黒いかげが見え、ふたりの部下はそのそばに立って、なにか話をしています。
「いまだッ!」
と思いました。ズックの口をじゅうぶんひらいて、外へでると、もとのとおりにズックをしめ、そのままはうようにして、ヘリコプターから遠ざかっていきました。
部下たちは、なにもしりません。自動車の運転をしていた男にも手つだわせて、車のなかから、箱にはいったもの、紙につつんだものなどを、かごのところへはこんでいます。肉、かんづめ、やさいなどの食料品でしょう。
ポケット小僧は原っぱのくさむらの中に寝そべって、遠くからそのようすを見ていました。
しばらくすると、ズックでつつんだかごをヘリコプターにのせ、ふたりの部下も運転手にわかれをつげて、操縦席に乗りこみました。
そして、ぶるるん、ぶるるんと、ヘリコプターは空へ、自動車もヘッドライトをつけて、むこうの大きな道へと、遠ざかっていきました。
かれらは、とうとう気がつかなかったのです。ポケット小僧はたすかったのです。しかし、これからが大しごとです。東京に帰って明智探偵や小林少年にこのことを報告し、大ぜいの警官隊といっしょに、奇面城を攻撃して、怪人四十面相をとらえなければなりません。
まる二日、洞窟の中をしらべ、悪人たちの話を立ちぎきしたおかげで、ポケット小僧には、奇面城が、どのへんの山の中にあるかということも、だいたいわかっていました。
いよいよ、奇面城の総攻撃がはじまるのです。名探偵明智小五郎は、どんな計略を考えだすでしょうか。また、四十面相は、どのようなてだてで、これをふせぐでしょうか。千変万化の知恵と力のたたかいが、やがてはじまろうとしているのです。
ポケット小僧は、それを考えると胸がわくわくしてきました。怪人四十面相のほんとうのすみ家、あの恐ろしい奇面城が、どこにあるかを知っているのは、世界じゅうにおれひとりだと思うと、うれしくてしかたがないのです。
ヘリコプターも自動車も、かげが見えなくなってしまったので、ポケット小僧は安心して立ちあがりました。そして、原っぱをよこぎり、国道らしい大きな道にでると、さっきの自動車がいった方角へ、暗闇のなかをてくてくと歩きだすのでした。