かえだまふたり
ポケット小僧が奇面城を逃げ出してから二日めの夜のことです。もう十時をすぎていました。
埼玉県T町郊外のあのさびしい原っぱに、いつかの晩とそっくりの自動車が、ヘッドライトを消してとまっていました。
その自動車に乗っているふたりの男は、じっと星空を見あげて、なにかを待っているようすです。
しばらくすると、はるかむこうの空から、ぶるるるる……という音が聞こえ、それが、だんだん大きくなってきました。ヘリコプターです。
やがて、ヘリコプターはおそろしい風をまきおこして、すぐむこうに着陸しました。そして、操縦席から、ふたりの男がおりて、こちらへ歩いてくるのが、星の光でかすかに見えます。
ふたりの男は、ズックでおおった大きなかごを、両方からさげていました。
「ひゅう、ひゅう。ひゅう……。」
こちらの自動車の中のひとりが、口ぶえで、ある歌のふしを吹きました。すると、
「ひゅう、ひゅう。ひゅう……。」
むこうから歩いてくる男のひとりも、同じふしの口ぶえを吹くのです。これがあいずの暗号なのでしょう。
ふたりの男は、自動車のそばに、かごをおろして立ちどまりました。自動車のドアがひらいて、中から箱に入れたもの、紙ぶくろにいれたものなど、いろいろの食料品を、つぎつぎとさし出します。そとのふたりは、それをうけとっては、かごの中へ入れるのです。
五分もたたないうちに、かごがいっぱいになりました。「じゃ、こんどは十四日の晩だよ。時間はいつものとおり。これが品書きだ。それじゃあ。あばよ。」
このつぎまでに、買い入れておくものを書きつけた紙をわたし、ふたりの男は重くなったかごをさげて、えっちら、おっちら、ヘリコプターのほうへ帰っていきました。
それを見おくって自動車は出発し、広い街道のむこうへ遠ざかっていきます。ところが、そのときみょうなことがおこりました。
走りさった自動車のあとへ、いまのとそっくりの大型自動車が、どこからかスウッとやってきて、ぴたりと、とまったのです。
「ひゅう、ひゅう、ひゅう……。」
自動車の窓から、するどい口ぶえがなりひびきました。さっきの暗号とおなじ歌のふしです。
ヘリコプターに、かごをつみこんでいたふたりの男が、こちらをふりむきました。ふたりは、ずっとむこうをむいていたので、自動車がいれかわっていることに気がつかないようです。
「おい、呼んでるぜ。なんか聞きわすれたことでもあるのかな。めんどうだけれど、いってみよう。」
「うん、そうしよう。ひゅう、ひゅう、ひゅう……。」
と、こちらもおなじ口ぶえをふいて、自動車のほうへ近づいていきます。
ふたりが、自動車のよこまでいきますと、ドアがひらいて、自動車のふたりも、そとへ出てきました。そして、ヘリコプターのふたりと、むかいあって立ちました。
「アッ。」
ヘリコプターのふたりが、びっくりしたように叫んで、両手をうえにあげました。自動車のふたりが、てんでにピストルをかまえていたからです。
自動車の運転手のとなりに小さな子どもがいて、窓の中からじっと、こちらを見ていました。それはポケット小僧でした。
「さあ、そのピストルはぼくが持つ。こいつらの服をぬがせてから、縄をかけてくれたまえ。」
自動車の男のひとりがそういって、もうひとりからピストルをうけとり、二ちょうのピストルを両手にかまえました。
それを見ると、車の中にいたポケット小僧もとびだしてきました。もうひとりの男は、ポケット小僧に手つだわせて、ヘリコプターのふたりの服をつぎつぎとぬがせたうえ、手足をしばり、さるぐつわをはめました。
「よし、それじゃあ、このふたりを自動車の中へ入れるんだ。」
ピストルをかまえていた男も、それを地面において手つだいました。
それから変装です。変装用のけしょう箱をとり出し、懐中電灯でヘリコプターの男たちの顔をしらべながら、それににせてじぶんの顔をいろどるのです。
自動車に乗ってきた男は、ふたりとも変装のくろうとらしく、顔をつくることが、じつにじょうずでした。またたくまに、ヘリコプターの男たちとそっくりの顔になってしまいました。
それがすむと、ぬいだ背広は車の中にほうりこみ、運転台の男に声をかけました。
「さあ、出発してよろしい。このふたりの男を本署へつれていってください。ふたりのあつかいについては、署長さんがよくごぞんじですからね。」
それを聞くと運転台の男は、うなずいて車を出発させました。
いまの話のようすでは、この自動車はT町警察署のもので、運転手はおなじ署の警官なのでしょう。
ヘリコプターの男になりすましたふたりは、そのまま、ポケット小僧といっしょにヘリコプターに乗りこみ、ひとりが操縦席について出発しました。この男はヘリコプターになれているらしく、その操縦ぶりはじつにみごとなものでした。