敵のただ中へ
それから一時間ほどのち、四十面相の部下のにせものと、ポケット小僧をのせたヘリコプターは、奇面城の前の広っぱに着陸していました。
四十面相の部下のヘリコプターがかりは、ジャッキーとよばれている男で、その助手のもうひとりの男は、五郎という名でした。ポケット小僧がそれを、ちゃんとおぼえていたのです。
ジャッキーと五郎になりすましたふたりは、食料をつめたかごをヘリコプターからおろし、それをはこんで、奇面城へはいろうとしました。
そのとき、「ごうッ……。」という恐ろしいうなり声が、どこからかひびいてきたのです。
「アッ、いけない、虎だ。虎がやってくる……。」
ポケット小僧が、とんきょうな声をたてました。
「エッ、虎だって?」
ジャッキーと五郎が、口をそろえて叫びました。ふたりとも、虎の番人がいることは聞いていましたが、四十面相の部下に変装してしまえば、だいじょうぶだと思いこんでいたのです。
ところが虎は、おけしょうや服装なんかではごまかされません。においです。虎の鼻は人間よりもずっとするどいので、人間のひとりひとりのにおいが、ちゃんとわかるのです。
いま、ヘリコプターからおりたふたりは、これまで、かいだこともないような、においをもっている。
こいつはあやしいぞと、虎は考えたのでしょう。
星あかりですかして見ると、二ひきの大きな虎が、もう十メートルほどむこうまで近づいていました。
にせジャッキーとにせ五郎は、ピストルを持っていましたから、うまくうてば、それで虎を殺すことができるかもしれません。
しかし、そんなことをすれば、ピストルの音を敵に聞かれますし、虎の死がいがのこるので、たちまちあやしまれて、せっかく、ここまでのりこんできた苦心が、水のあわになってしまいます。逃げるほかはありません。うまく木の上にでものぼれば、難をのがれられるかもしれないのです。
そこでふたりは、虎とはんたいのほうへ、いちもくさんにかけだしたのです。
「アッ、走っちゃいけないッ。」
ポケット小僧があわてて叫びましたが、もうおそい。そのときは、もう、虎もかけだしていたのです。
猛獣に出あったときは、じっとしていなければいけない、ということを、ふたりのおとなは忘れてしまったのです。
じっとしていれば、虎のほうでもにらんでいるばかりですが、走りだしたら、虎はいっぺんにとびかかってきます。虎とかけっこしたって、とても勝てるものではありません。このままほうっておいたら、ふたりは、虎にくわれてしまう運命です。
ポケット小僧は、とっさに考えました。
「二ひきの虎は、ぼくのことをおぼえていないかしら。このあいだ虎の子を助けてやったときには、あんなによろこんでいたんだから、まだおぼえているかもしれない。よしッいちかばちか、やってみよう。」
そう決心すると、ポケット小僧は大手をひろげて、いまジャッキーと五郎にとびかかろうとする、二ひきの虎の前に立ちふさがりました。
ああ、あぶない。ポケット小僧は、ふみつぶされてしまうかもしれません。
立ちふさがっているポケット小僧の目の前に、二ひきの虎の恐ろしい顔が、グウッと近よってきました。
「アッ、もうだめだ。」
とおもいました。そして、目をつぶってしまいました。
いまにも、ふみつぶされるか、いまにもかみつかれるかと、かくごしていましたが、なにごともおこりません。
顔に、あつい息が、ふうっ、ふうっとかかりました。そしてあたたかい毛がわのようなものが、からだにこすりついてくるのです。
ポケット小僧は、へんだなと思いながら目をひらきました。
すると、一ぴきの虎は、むこうに立ちどまってじっとこちらを見ています。もう一ぴきの虎は、ポケット小僧にからだをすりつけてあまえているではありませんか。
やっぱり子どもを助けられた恩を、わすれないでいたのです。からだをすりつけているのは、母親の虎にちがいありません。むこうに立って、それを見ているのは、父親のほうでしょう。
ジャッキーと五郎は、それを見てびっくりしてしまいました。
「ポケット君、きみは虎をだまらせる力があるのか。おどろいたねえ。」
ジャッキーが、つくづく感心したようにいうのでした。
「そうじゃありません。この虎はぼくに恩がえしをしているのです。」
ポケット小僧は、このあいだ虎の子を助けてやったことを話しました。
「おお、そうだったか。虎もえらいが、きみもえらいぞ。やさしい心というものは、どんな動物にだって通じるのだねえ。」
ジャッキーは、おもわずポケット小僧の頭をなでて、ほめたたえるのでした。
「ジャッキーさん、あれが奇面城ですよ。」
ポケット小僧は、てれかくしのように、星空にそそり立つまっ黒な岩山を指さしました。
「なるほど、恐ろしい形をしているねえ。……それじゃあ、奇面城の中へはいろうか。虎には見やぶられたが、虎ほどの鼻のきかない人間には、見やぶられる心配はないからね。」
そこで、三人は、食料品のかごをはこんで、巨人の顔の下の洞窟へはいっていきました。
あの岩の橋をおろす、かくしボタンは、入口の方にもあります。ポケット小僧は、そのボタンのありかを、ちゃんと知っていたのです。
そのボタンをおして、大きな岩の橋をおろし、三人はいよいよ、四十面相のすみかへはいっていきました。