まめくろんぼ
それから、三人は奇面城の洞窟の中にはいり、ジャッキーと五郎は、四十面相の部屋へいって、
「いま、帰りました。」とあいさつしましたが、四十面相は、ふたりがにせものであることに、すこしも気づかないのでした。
ジャッキーと五郎は、それでいいのですが、ポケット小僧が、もしだれかに見つかったらたいへんです。奇面城には、そんな小さな子どもは、ひとりもいないからです。
そこでポケット小僧は、東京から用意してきたまっ黒なシャツ、頭からかぶる黒覆面、黒い手ぶくろ、黒いくつしたを身につけて、全身まっ黒なすがたになって、敵の目をくらますことにしました。
ポケットにはいるくらい小さいというので、「ポケット小僧」とあだながついているのですから、そのちびすけが、まっ黒になったら、こんどはまめくろんぼです。
まめくろんぼは、まえとおなじように、夜は、がらくたのほうりこんである物置部屋のすみで寝ました。たべものは、まえのようにすいじ場からぬすみださなくても、にせのジャッキーと五郎が、わけてくれますから心配はありません。
まめくろんぼは、おそろしく小さいうえに、頭から足のさきまでまっ黒なのですから、洞窟の廊下で四十面相の部下にであっても、けっして見つかりません。廊下は、うす暗いし、まめくろんぼは、とてもすばやいので、うまく相手の目をくらましてしまうからです。
それから二週間ほどたちました。四十面相は奇面城におちついたまま、どこへも出ていくようすがありません。
にせもののジャッキーと五郎は、そのあいだに、五度もヘリコプターに乗って、ふもとの町へいきました。それは、食料品やそのほかのものを、はこぶためでもありましたが、もっとほかに目的があったのです。
ヘリコプターが、ふもとの町から帰るときには、ひとりずつあたらしい味方の人間を、こっそり乗せていたのです。いちどに、ひとりずつですから、五度では、五人の人間が、奇面城につれこまれたことになります。
それでいて、奇面城にすんでいる人数は、やっぱり十一人なのです。まめくろんぼはべつです。おとなが十一人です。そして、それらの人は、みんな四十面相の部下なのです。あたらしくやってきた五人の男も、それぞれ部下のだれかに化けて、なにくわぬ顔で仕事をしていますから、だれもうたがうものはありません。その五人は、ジャッキーや五郎におとらぬ変装の名人でした。
しかし、ふしぎなことがあります。ヘリコプターがふもとの町へいくときには、ジャッキーと五郎だけで、四十面相の部下を乗せているわけではありません。そして、帰りにひとりずつつれてくるのですから、いまでは、奇面城の中の人数は十一人たす五人の、十六人になっていなければなりません。それがやっぱり十一人のままなのですから、どうもへんなのです。
あたらしくきた五人のにせ部下のかわりに、ほんとうの部下が五人、どこかへかくされてしまったのです。むろんにせのジャッキーと五郎が、やったことにちがいありませんが、その五人の部下は、いったいどこへかくされているのでしょうか。
ところで、二週間ほどたったある日のこと、まめくろんぼのポケット小僧が、たいへんな失敗をやってしまいました。
まめくろんぼは、忍術つかいのようなまっ黒なからだで、洞窟の中のあちこちを、毎日しらべまわっていました。そして秘密の通路や秘密のしかけなどを、いろいろ見つけだして、にせジャッキーに報告しているのでした。
洞窟の廊下や部屋の中を、ねずみのようにチョロチョロと歩きまわっても、すこしも気づかれないので、つい、ゆだんをしました、そして、とうとう四十面相の部下に見つかったのです。
そのとき、ポケット小僧は、廊下を歩いていました。はじめのうちは、歩くときには前にもうしろにも、ゆだんなく気をくばっていたのですが、このごろは、たかをくくって、つい、うしろのことなんか考えないで歩いていることがあるのです。
そのときも、うしろのことをわすれていたのですが、のっぽの初こうという四十面相の部下が、ポケット小僧のうしろから歩いてきました。「のっぽ」といわれるほどあって、おそろしく背の高いやつです。
のっぽの初こうは、目の前を、頭から足のさきまでまっ黒なちびすけが、ヒョコヒョコ歩いているので、びっくりしました。お化けではないかと思いました。
そのちっぽけな、まっ黒なのっぺらぼうなやつは、ヒョイとうしろをむくと、顔に目がひとつしかない一つ目小僧かもしれない。そして、赤いしたをぺろっと出して、「おじさん、こんにちは……。」というのかもしれないと思うと、初こうはゾウッとしました。
しかし、怪人四十面相の部下になるほどのやつですから、そのまま逃げだすほど、おくびょうではありません。初こうは、しばらく、まめくろんぼのあとをつけてから、
「こらッ、ちびすけ待てッ。」
とどなりつけて、いきなりポケット小僧につかみかかりました。
ポケット小僧は、「しまった。」と思いましたが、りすのようにすばしっこく、パッと身をかわして逃げだしました。
のっぽの初こうは、身をかわされて、よたよたと前にのめりそうになりましたが、かけっことなれば、ちびすけなんかに負けるものではありません。ちょこちょこと走るまめくろんぼのあとから、初こうの長い足が、のっしのっしと追っかけます。
のっぽとちびすけのかけっこですから、すぐにつかまってしまいそうですが、初こうが、ほんきで走ったら、たちまちいきすぎてしまいますし、ポケット小僧は追っつかれても、長い足のあいだをくぐって、チョコチョコと逃げまわるので、なかなかつかまるものではありません。そのうちにポケット小僧は、岩の廊下にひらいているひとつのドアの中へ逃げこみました。
のっぽの初こうも、すぐにその部屋にとびこみましたが、ちびすけは、どこへかくれたのか、いくらさがしても見つかりません。
そこは四十面相が着がえをする部屋で、いっぽうのおしいれのようなところには、いろいろな服が、いっぱいかけてあるのです。
そのおしいれの中も、さがしましたが、ちびすけのすがたはありません。
初こうは、部屋のまんなかにつっ立って腕ぐみをして、すっかり考えこんでしまいました。
みなさん、
ポケット小僧は、いったいどこへかくれたと思いますか。じつに、ポケット小僧の名にふさわしいところへかくれたのです。
といいますのは、おしいれの中に、ずらっとかけならべてある服のなかの、いちばん大きい外套のポケットの中へかくれたのです。
むろん、いくらポケット小僧がちいさくても、ポケットの中へからだをかくすことはできません。外套にのぼりついて、大きなポケットに足を入れたまま、宙にぶらさがっていたのです。
黒い外套に黒いちびすけですから、うすぐらい光では見わけがつきません。
それに初こうは、おしいれの中の床ばかりさがしていたので、上のほうで宙づりをしているポケット小僧は、どうしても見つからなかったのです。
「へんだぞ。あいつ、やっぱり化けものだったかな。」
のっぽの初こうは、腕ぐみをしたままひとりごとをいいました。
「いや、そんなはずはない。きっと、どっかにかくれている。待てよ。どうしても、あのおしいれの中があやしいわい。」
そういって、もういちどおしいれをしらべました。こんどは、さがっている服をひとつひとつ、手でさわってみるのです。
ポケット小僧は、もう運のつきだと思いました。