巨人の目
いま奇面城には、四十面相と美しい女の人のほかに、十人の部下がいるばかりです。そのうちの七人までいれかわってしまったのですから、ほんものの部下はたった三人です。どんなことがあっても負ける心配はありません。
いよいよ、総攻撃のときがきたのです。
ジャッキーと五郎は、またヘリコプターを飛ばして、ふもとの町へいき、そこでT警察の人たちと、うちあわせをしました。
奇面城総攻撃は、あすの早朝ときまりました。東京の警視庁から中村警部がひきつれてきた九人の警官と、土地の警官隊四十人、あわせて五十人の警官隊が、山のふもとの四方から、奇面城めがけてのぼっていくことになったのです。
そんなおおげさなことをしなくても、ジャッキーと五郎と、五人のにせものの部下が、四十面相をとらえてしまえばよさそうに思われますが、あいては、なにしろ魔術師のような怪物ですから、どんな奥の手を用意しているかわかりません。奇面城の洞窟の中に、どんなしかけがしてあるかわかりません。それで、万にひとつも敵をとりにがさないように、五十人の警官隊で、奇面城をとりかこむことにしたのです。ジャッキーをはじめ七人のにせものが、内部からこれにおうじて働くことはいうまでもありません。
さて、総攻撃の朝がきました。
洞窟の奥のりっぱな寝室で眠っていた四十面相は、りりりりり……んという、けたたましいベルの音に目をさましました。四十面相は、ハッとしてベッドからとびだし、手ばやく金モールのかざりのついたビロードの服をきると、となりの美術室にかけこんで、そこの黄金のいすにこしかけました。そして、ベルをならして、部下をよぶのでした。
入口のドアをひらいて、ジャッキーがはいってきました。
「およびですか。」
「うん、非常ベルがなったのだ。ふもとに配置してある見はり番からの知らせだ。なにか一大事がおこったらしい。ひょっとしたら、警察の手がまわったかもしれない。いまに、ふもとから知らせにかけつけてくるだろうが、そのまえに、巨人の目からのぞいてみよう。きみもいっしょにくるがいい。」
四十面相は、そういって、どんどん部屋を出ていきます。ジャッキーも、そのあとを追いましたが、にせもののかなしさに、巨人の目とは、なんのことだか、それがどこにあるのか、さっぱりわかりません。
金ぴかのビロードの服をきた四十面相は、洞窟の奥の小さなドアを、かぎでひらいて、中にはいりました。
ジャッキーの知らない部屋でした。いつもかぎがかかっているので、まだ、はいったことがないのです。
そこは一坪ほどのせまい部屋で、いっぽうの岩かべに、鉄ばしごがとりつけてありました。ほとんどまっすぐにたった、小さな鉄ばしごです。
四十面相は、それをかけのぼっていきます。ジャッキーも、あとからつづきました。四メートルほどのぼると、岩のおどりばがあって、そこからまた鉄ばしごがつづいています。
はしごのまわりは、だんだんせまくなり、しまいには、人間ひとりやっと通れるほどの、岩のすきまになりましたが、鉄ばしごは、そこをまだまだ上のほうへ、つづいているのです。
ジャッキーは、四、五十メートルものぼったように感じました。すると、やっと行きどまりました。そこは、一坪もないようなせまい岩の部屋で、いっぽうに大きなまるい窓がひらいて、明るい光がさしこんでいました。
その窓のよこの岩のたなの上に、大きな双眼鏡がのっています。四十面相は、それをとって目にあてると、まるい窓のそとをながめました。
ジャッキーも、その窓からのぞいて見ましたが、あまりの高さに、ぐらぐらッとめまいがしました。奇面城のまわりの森が、はるか遠くのほうへつづいています。すぐ下を見ると、広っぱにとまっているヘリコプターが、おもちゃのように小さく見えるのです。窓といっても、べつにガラス戸がはまっているわけではありません。ただ、さしわたし一メートルほどのまるい穴が、ぽっかりと、ひらいているだけなのです。うっかりすると、そこから下へ落ちそうです。目もくらむような高さですから、ここから落ちたら、むろん命はありません。
ああ、わかりました。このまるい窓は、奇面城の巨人のひとみだったのです。秘密のところだけ穴があいていて、遠方を見はらす物見の窓になっていたのです。
「あ、あすこへやってきた。三ばん見はり小屋の三吉だな。なにか重大な知らせをもってきたのにちがいない。」
四十面相がそういって、いままでのぞいていた双眼鏡を、ジャッキーにわたしました。
ジャッキーはそれを目にあてて、三吉という男が、森の中のほそ道を、かけあがってくるのを見ました。
警官のすがたは見えないかと、ほうぼうさがしましたが、まだ味方は、近くまできていないようです。
三吉は、こちらを見あげて、手をふりました。巨人の目からのぞいているすがたを、見つけたのでしょう。
ジャッキーは、三吉のたちばになって、この巨人の目が、下からどんなふうに見えるかを想像してみました。
巨大な岩の顔の、巨大な目のひとみのなかに、双眼鏡を手にした四十面相の上半身が見えるのです。金ぴかのビロードの服をきた、どこかの国の王さまのような四十面相が、見えるのです。なんというふしぎな光景でしょう。
「よしッ、下へおりて、三吉の話を聞こう。」
四十面相は、そういって、鉄ばしごをおりはじめました。まっすぐに立ったはしごですから、おりるほうが、むずかしいのです。
ふたりが、やっと下までおりたとき、そこへ三吉が、かけつけてきました。
「かしら、たいへんだ。警官隊が、四方からのぼってきます。ほかの見はり小屋からも、知らせがありました。ぜんたいでは五、六十人、ひょっとすると百人もいるかもしれません。」
三吉は、息をきらせて報告しました。
「やっぱり、そうだったか。よしッ、おまえたちは、みんな警官隊とたたかうのだ。ピストルは空にむけてうて、人を殺しちゃいけない。わかったか。おまえたち、一ばんから六ばんまでの見はり小屋の人数をあわせると、三十人はいるはずだ。山のことは、おまえたちのほうが、よく知っている。相手は、ふなれな町のやつらだ。うまく知恵をはたらかせて、くいとめるんだ。」
四十面相は、そう命令して三吉をかえしました。
「さあ、ジャッキー、ヘリコプターだ。あれに乗って、もっと山おくへかくれるんだ。しっかりやってくれッ。」
四十面相とジャッキーは、洞窟の廊下をかけだして、あの深い谷にかかっている大岩のつり橋をわたり、巨人の顔のまえの広っぱにでました。ヘリコプターは、すぐむこうに見えています。