夜光人間
江戸川乱歩
きもだめしの会
名探偵明智小五郎の少年助手、小林芳雄君を団長とする少年探偵団は、小学校の五、六年生から中学の一、二年生までの少年二十人ほどで組織されていました。みんなが近くに住んでいるわけではなく、学校もちがっている少年がおおいので、この二十人が、いつでも集まるわけではありません。ときによって、事件にかんけいする少年たちの、顔ぶれがちがうのです。
みんな学生ですから、学校のある時間には、探偵のはたらきはできません。また、おうちで勉強もしなければなりません。ですから、日曜日のほかは、すこしの時間しか、はたらけないのです。
ことに、夜そとへ出て冒険をすることは、おとうさんやおかあさんがおゆるしにならないうちがおおいので、小林団長は、団員たちを夜あつめることは、できるだけしないようにしていました。おゆるしがでた少年たちだけを、七時か八時ごろまで集めることにして、それいじょう夜ふかしをしないように、こころがけていました。
でも、事件は、夜おこることがおおいので、夜ふけにはたらかなければならないときには、少年探偵団ではなくて、チンピラ別働隊をつかうことにしていました。チンピラ隊は、『アリの町』で、くずひろいをやっている少年たちで、夜の冒険なんか、へいきですから、つごうがいいのです。
少年探偵団員たちは、なにも事件がないときには、明智探偵事務所に集まって明智先生から、いろいろなことを、おそわっていました。ものごとを注意ぶかく見ることだとか、なにかのできごとの、ほんとうのいみを見やぶる、推理のやりかただとか、顕微鏡の見かた、化学の実験など、探偵にひつような法医学の知恵を、すこしずつおそわっているのでした。
また、からだをきたえるために、おおくの団員が柔道をならっていましたし、団員の井上一郎君のおとうさんが、もと拳闘選手だったので、井上君といっしょに拳闘をおそわっている団員もありました。
団員たちはときどき、『きもだめしの会』をひらくことがありました。江戸時代や明治時代の少年たちは、『試胆会』という、きもだめしの会を、よくやったものです。まっ暗な夜、さびしい墓地などを、ひとりで歩いて、勇気をためすのです。墓地のおくのほうに、木の札を何枚もおいて、ひとりずつ、そこへいって、札を持ってかえるのです。
むかしの少年たちは、お化けがほんとうにいると思っていたので、夜中に墓地をひとりで歩くのはこわくてたまらなかったのです。そのこわいことを、わざとやって、きもったまを強くしようとしたのです。
少年たちのなかには、いたずらものがいて、頭から白いきれをかぶって、墓のうしろにかくれていて、おどかしたりするので、ちいさい少年たちは、この試胆会のときには、びくびくものでした。しかし、それがやっぱり、むかしの少年たちの、心を強くするのに役にたったものです。
少年探偵団員には、お化けが、ほんとうにいるなんて思っている少年は、ひとりもありませんでした。でも、まっ暗なところをひとりで歩くのは、やっぱり、うすきみがわるいのです。それで、暗闇なんかこわがらないようにするために、小林少年は、むかしの試胆会にならって、きもだめしの会を、ときどき、ひらくことにしていました。
今夜も、その会があるというので、おとうさんやおかあさんから、おゆるしのでた少年たちだけが、七人集まりました。場所は、世田谷区のはずれの木下君のおうちです。
木下昌一君は、やはり団員のひとりなのですが、そのおうちのそばに、大きな森があって、きもだめしには、もってこいなので、夕方から、みんなが木下君のおうちに集まり、そとがまっ暗になるのを待って、その森へでかけていったのです。
ところが、この森には、そのころ、きみのわるいうわさがたっていました。ひとだまが出るというのです。
ひとだまは、地方によっては、火の玉ともいいます。まるい火の玉が、オタマジャクシのように、スウッと尾をひいて、空中を飛んでいくのです。赤いひとだまもありますし、青いひとだまもあります。
むかしのひとは、これは死んだ人間のたましいが、飛んでいるのだといって、こわがったものです。しかし、いまでは、そんなことを信じる人はありません。リンがもえるのを、ひとだまだと思ったり、こまかい虫が、ひとかたまりになって飛んでいくのに、どこかの光があたって、ひとだまみたいに見えたり、流星がひとだまのように見えたり、そのほかいろいろなものを、見まちがえて、ひとだまと思いこむのだと考えている人がおおいのです。
でも、理屈では、そう考えていても、ひとだまが出るなんていわれると、やっぱり、気持ちがよくはありません。ひとだまなんか信じない少年探偵団員たちも、そのうわさを聞いて、ぶきみに思わないわけにはいきませんでした。
小林少年は、そういう、きみのわるいうわさのある森を、わざとえらんだのです。みんな勇気のある少年たちですから、そのくらいのうわさがあるほうが、かえって、きもだめしには、つごうがよいのでした。七人は、森の入口へやってきました。まだ八時ぐらいですが、そのへんには家もないので、あたりはまっ暗です。空はいちめん雲におおわれ、星ひとつみえません。大きな木のしげった深い森です。森の中をのぞいてみると、黒ビロードのようにまっ暗です。
「みんな、この森のむこうのはずれに、大きなひらべったい石があるのを知っているね。昼間、見ておいたから、わかるだろう? あの石の上に、木の札が七枚、おいてある。ひとりずつ順番に、森の中へはいっていって、あの札を一枚ずつ、とってくるんだよ。わかったね。」
小林君が、六人の少年たちに、いってきかせました。
「わかっているよ。ぼくが、いちばんに行くよ。」
拳闘のうまい井上一郎君が、一足まえにでていいました。
「やっぱり、きみは勇気があるね。よしッ、いちばんのりは、井上君だ。だが、きみ、ひとだまに注意したまえね。」
小林少年が、ちょっと井上君をからかってみました。
「ひとだまは、どのへんに出るんだい? 木下君。」
ひとりの少年が、おっかなびっくりで、たずねました。
「ぼくのうちのそばの、やおやのおじさんが見たんだって。この森のまん中に、大きなシイの木があるんだよ。そのシイの木の下から、スウッと、青いひとだまが浮きあがってきたんだって。そして、シイの木のてっぺんまで、するするすると、まるで木のぼりをするように、あがっていって、それから、空へ飛んでいってしまったんだって。」
「それ、どのくらいの大きさなんだい?」
「直径三十センチぐらいだって。オタマジャクシみたいな長いしっぽがあって、それがふらふらと動いていたっていったよ。」
「わあ、すげえ! そいつが、こっちへ、とびついてきたら、たいへんだね。」
「おどかすなよ。ぼくが、これから、はいっていくんじゃないか。」
井上君が、しかるように、どなりました。そして、
「じゃ、いってくるよ。」
といいすてて、そのまま、森の中へ、すがたを消しました。