墓地の恐怖
それから二日ほどたった夜ふけのこと、港区の白金町にある妙慶寺というお寺の墓地に、またしても、あの銀色の化けものがあらわれたのです。
やっぱり、夜の十一時ごろのことでした。おしょうさまが、手洗いに起きて、窓から墓場のほうを見ますと、たちならぶお墓の間に、白いものが動いているような気がしましたので、泥坊でもはいったのではないかと、寺男のじいやを起こして、墓場を見まわるようにいいつけました。
じいやは懐中電灯を持って、墓場へはいっていきました。
大きいのや、小さいのや、いろいろの形の墓石が、ズウッとならんでいて、その間を、ほそい道が、ぐるぐるまわりながらつづいています。
じいやはそこを、あちこちと歩きまわってみたのです。そして、墓場のまん中までたどりついたときです。闇の中から何者かが、パッととびかかってきて、手に持っている懐中電灯をうばいとってしまいました。
懐中電灯が消えると、あたりは、手さぐりで歩かなければならないほどの暗さでした。
あいてが何者だか、まったくわかりません。
じいやは、いまにも、だれかが組みついてくるのではないかと、みがまえをしましたが、すると、そのとき、じつにふしぎなことがおこったのです。
むこうの墓石の上に、パッと、銀色のまるいものが、あらわれました。
銀色の顔です。
そいつが、まっ赤に光る大きな目で、じっと、こちらを、にらみつけているのです。
口がパクッと、ひらきました。
ああ、その口! もえるように、まっ赤な口です。
そして、ケラ、ケラ、ケラと、なんともいえない、きみのわるい笑い声が聞こえてきたではありませんか。
墓石の上に、ちょこんと、銀色の首がのっかっているのです。その首ばかりの化けものが、まっ赤な口で笑っているのです。
こんなふしぎなことが、あるものでしょうか。
じいやは、ゾーッとして、身うごきもできなくなってしまいました。
すると、墓石の上の首が、ふっと見えなくなったのです。
「オヤッ、それじゃあ、いまのは、わしの気のせいだったのかな?」
と思っていますと、こんどは、二メートルもへだたった、べつの墓石の上に、おなじ銀色の首が、パッとあらわれたではありませんか。
そして、赤い口で、ケラ、ケラと笑うのです。
しばらくすると、また、パッと消えました。
消えたかとおもうと、こんどは、ちがった方角の墓石の上にあらわれ、まっ赤な口を、パクパクさせます。
そして、消えたり、あらわれたり、あちこちの墓石の上に、とびうつって、めまぐるしく動きまわるのです。
じいやは、あっちを見たり、こっちを見たり、目がまわるような気持ちでした。
しまいには、墓石という墓石の上に、銀色の首が、何十となくのっかって、その首がみんな、じいやをにらみつけて、ケラ、ケラ、ケラ、ケラと笑っているように、おもわれてくるのでした。
そのとき、うしろから、じいやの腕を、ぐっと、つかんだやつがあります。
ギョッとして、ふりむくと、そこに、白い着物をきた人間が立っていました。
「アッ、常念さん。」
「うん、ぼくだよ。」
それは、おしょうさまの弟子の、常念という若い坊さんでした。寝床からとびだしてきたとみえて、白いもめんの寝巻きに、ほそおびをしめているのです。
「あれはだれかが、いたずらしているんだよ、黒い服を着ているので、首ばかりのように見えるんだ。こわくはないよ。ふたりで、とっつかまえてやろうじゃないか。」
若い坊さんは、ひどくいせいがいいのです。そういわれると、じいやも元気が出てきました。
「うん、わしも、むかしは、柔道できたえたからだだ。あんな化けものに、負けるもんか。」
「よしッ、やっつけよう。じいやさんは、あっちがわから、ぼくはこっちがわから、あいつを、はさみうちにするんだ。」
「うん、わかった。さあ、行くぞッ。」
そこで、ふたりは、銀色の首ののっている墓石の両がわから、とびかかっていきました。
ケラ、ケラ、ケラ、ケラ……。
怪物は、まだ笑っていました。まさか、つかまえにくるとは思わないので、つい、ゆだんをしていたのです。
そこへ、両がわから、ふたりが、ぶっつかってきたので、どうすることもできません。たちまち恐ろしいとっ組みあいがはじまりました。
怪物には、からだがあったのです。ぴったり身についた黒シャツをきて、黒い手袋、黒い靴下をはいていました。いくら怪物でも、ふたりの力には、かないません。いちどは、地面におさえつけられてしまったように見えました。
三つのからだが、とっ組みあったまま、墓石のあいだをころげまわりました。
そうしているうちに、べりべりと音がして、怪物の黒シャツの胸のところが、やぶれました。そして、その下からあらわれてきたのは、おお、銀色のからだ、怪物はからだまで銀色に光っていたのです。
こちらのふたりは、それに気づくと、おもわず、ギョッとして、手をゆるめました。
そのすきに、怪物は、ふたりをつきはなして、パッと立ちあがり、いきなり、むこうへかけだしていきます。
そして、このあいだのばん、少年探偵団員たちが見たのと、おなじことが、おこりました。
墓場のおくに林があって、そのなかに一本の大きなスギの木が、そびえていました。十メートルもある大きな木です。そのスギの木の下に、黒シャツをぬいだ全身銀色の人間が、こちらをむいて、つっ立っているではありませんか。でっかいまっ赤な目、火を吹きだしそうな、大きな赤い口、その口が、あいたりふさいだりして、ケラ、ケラ、ケラ……と、笑っているのです。
全身銀色にかがやく、恐ろしいすがたを見ては、こちらのふたりも、きゅうに近よる勇気がありません。
いったい、この銀色のやつは、何者でしょう。人間か、動物か、それとも、遠くの星から地球へやってきた、別世界のいきものか?
まもなく、いっそう、へんてこなことがおこりました。銀色のやつが、空へ、のぼっていくのです。スギの木の幹を、よじのぼるのではありません。葉のしげった表面を、スーッとのぼっていくのです。
いよいよ人間わざではありません。やっぱり星の世界からきた怪物なのでしょうか。
みるまに、銀色のやつは、スギの木のてっぺんまでのぼりました。そして、パッと、すがたを消してしまったのです。
いつまで待っても、怪物がすがたをあらわさないので、こちらのふたりは、おしょうさまの部屋にもどって、このことをしらせ、すぐに一一〇番へ電話をかけました。
すると、五分もたたないうちに、白いパトロール=カーがかけつけ、車内にそなえつけてあった小型の探照灯で、墓地やスギの木をてらして、しらべてくれましたが、怪物のすがたは、どこにもありませんでした。
では、怪物は、スギの木をスルスルとのぼって、そのてっぺんから、闇の空たかく消えていってしまったのでしょうか。そして、どこかの星の世界へ、かえってしまったのでしょうか。
こうして、夜光怪人は、東京のあちこちへ、三ども、すがたをあらわし、三どめには、警官がかけつけるというさわぎになりましたので、新聞がだまっているはずはありません。東京の新聞はもちろん、地方の新聞までが、この奇怪な夜光怪人の記事を、でかでかとのせました。
血なまぐさい犯罪の記事になれている読者も、このお化けみたいな銀色怪人の出現には、すっかり、おどろいてしまいました。ことに東京の人は、ま夜中に、その恐ろしい銀色のやつが、じぶんのうちのまわりを、うろうろしているのではないかと、みんな、びくびくものでした。
それは、人工衛星がうちあげられ、空とぶ円盤の話が、またやかましくなっているころでしたから、銀色の怪物も、どこかの星からの使いではないかと、きみのわるいうわさが、ひろがったほどです。