天にのぼる怪人
あいては魔法つかいのような怪物ですから、窓の戸のほそいすきまから、幽霊のように、部屋の中へはいってきたのかもしれません。そして、透明人間みたいにすがたを消したまま、仏像を盗んで、また、煙のように、部屋を出ていったのかもしれません。
しかし、仏像は小さいといっても、高さ十五センチ、はば六センチほどあるのですから、これが、窓の戸のすきまなどから、出られるはずがありません。怪物は、銅でできた仏像まで、煙のようなものにかえて、ほそいすきまをとおす術を、こころえていたのでしょうか。
そのとき、夜光人間の首ばかりが、庭の木のしげみの中へ、ふわふわと、逃げていくのをみつけて、ふたりの刑事がそのあとを追っかけました。
追っかけながら、ピリピリピリピリ……と、呼びこの笛を吹きならしましたので、うちの中にいた、ふたりの刑事も、庭へとびだしてきました。杉本さんと小林少年も、そのあとから、とびだしました。
むこうのまっ暗な木立ちの中を、青く光るひとだまのようなものが、宙を飛んでいます。みんなはそのほうへかけつけて、ふたりの刑事といっしょになって、怪物の追跡をはじめました。
敵はひとり、味方は六人です。しかし、相手はえたいのしれない怪物です。はたして、うまくとらえられるでしょうか。
青く光る首は、たちならぶ大きな木のあいだを、ぬうようにして、あちこちと、逃げまどっていました。
六人の追っては、あるときは、ひとかたまりになって、それを追っかけたり、あるときは、ふた手にわかれて、はさみうちにしようとしたり、みんな、くたくたになるまで走りまわりましたが、どうしてもつかまりません。
そのうちに、ひとだまのような怪物の首は、杉本さんの庭のなかで、いちばん高いヒノキのそばへ、スウッと飛んでいったかとおもうと、そのまま、しげったヒノキの葉の表面をつたって、ぐんぐん、上のほうへのぼっていくのでした。
六人の追っては、もう、どうすることもできません。ヒノキの根もとに立って、あれよ、あれよと、見あげているばかりです。
するとそのとき、頭の上から、ケラケラケラケラケラ……という、お化けの笑い声がひびいてきました。首だけの怪物が、笑っているのです。
青白くリンのように光る顔、巨大なまっ赤な目、赤い炎をはく口、そいつが、五メートルほど上から、こちらを見おろして、ぶきみに、あざ笑っているのです。
それから、恐ろしいことがおこりました。怪物の首が、ぐらっと、下のほうへ、のびてくるように見えるのです。青白く光るものが、みるみる、下のほうへひろがってくるのです。
首の下に、怪物の胸があらわれ、肩があらわれ、腹があらわれ、腰があらわれ、二本の足があらわれ、ひとりの人間のすがたになりました。全身が、青白く光りかがやいています。それが、地面から五メートルほどの、ヒノキの葉の表面に、ふわッと浮いているのです。
青い銀色に光るまっぱだかの人間が、空中ではりつけになっているような感じでした。それが赤い目で、赤くもえる口を、ぱくぱくやって、こちらを見おろして、ケラケラと笑っているのですから、じつに、なんともいえない恐ろしさです。
やがて、青銀色の怪物が、手足を、もがもがやりはじめ、からだが、くるっとうしろむきになったり、また、前むきになったり、ふしぎな動きかたをしたかとおもうと、怪物は、ヒノキの葉の表面をつたって、また上のほうへ浮きあがっていくのでした。
そして、ヒノキの頂上までのぼって、しばらくからだを、ふらふらさせながら、ケラケラケラと笑っていましたが、ふしぎなことに、怪物のからだが、だんだん消えていって、あのまっ赤な目の首だけがのこり、つぎには、その首さえも、パッと消えうせてしまいました。
夜光人間は、ヒノキのてっぺんから、闇の空へまいあがったように見えました。いつかの墓場のときと同じです。怪物は、天にのぼってしまったのです。