深夜の客
明智探偵の少女助手マユミさんは、探偵事務所に、ひとりぼっちで、るす番をしていました。
明智先生は旅行中ですし、少年助手の小林君は、世田谷の杉本さんのうちへ出かけて、るすなのです。
小林君が出かけたのは、ばんの七時半ごろでしたが、いまはもう十一時すぎです。ひょっとしたら、こんやは杉本さんのうちに、とまるかもしれません。
マユミさんは、心配で眠る気にもなれません。いまにも小林君が帰ってくるかと、心まちにしながら、応接室の長いすに腰かけて本を読んでいました。
そのとき、入口のドアに、コツコツと、ノックの音がしました。
「どなた?」
といっても、なにも返事をしません。探偵事務所へは、夜ふけでも、急な事件をたのみにくる人がありますから、これも、そういうお客さまかもしれません。
マユミさんは立っていって、ポケットのかぎで、ドアをひらきました。ひとりぼっちなので、用心のために、かぎをかけておいたのです。
ドアをひらくと、そこに、みょうな男が立っていました。まっ黒な背広を着て、まっ黒なとりうち帽をかぶり、へんに青白い顔をした、ぶきみな男です。
「どなたですか。」
マユミさんが、うたがわしそうに、たずねますと、その男は、
「こちらの助手の小林君から、たのまれたのです。至急、お知らせしたいことがあるのです。」
といって、はいれともいわないのに、つかつかと、部屋の中へはいってきました。
マユミさんは、しかたがないので、男にいすにかけるようにすすめ、じぶんも、もとの長いすに腰かけました。
「小林さんは、いま、どこにいるのでしょうか。」
「世田谷の杉本という金持ちのうちの庭にいますよ。」
男が、なんだか、あざ笑っているような声で答えました。
それにしても、この男は、なんというへんな顔をしているのでしょう。生きた人間の顔とは思われません。お面のようです。しかしお面ならば、目も口も動かないはずですが、この男の顔は、ものをいうたびに動くのです。まばたきもしています。それでいてお面の感じなのです。どうしても人間の顔ではないのです。それに、この男は、いすにかけても、黒いとりうち帽をとろうともしません。なんて無作法なやつでしょう。
マユミさんは、なんだか、ゾウッとこわくなってきましたが、弱みを見せてはいけないと、しっかりした口調で聞きかえしました。
「小林さんが、杉本さんのお庭にいるとおっしゃるのですか。どうして、庭なんかにいるのでしょう?」
すると男は、にやにやと、ぶきみに笑いました。
「夜光人間に逃げられてしまったのですよ。それでも、小林君は、なかなか、かしこい少年です。夜光人間が杉本さんの宝物を盗んでから、どうして逃げるかということを、ちゃんと見ぬいていたのですよ。そして、チンピラ隊を引きつれて、杉本さんの塀のそとの原っぱに、待ちぶせしていました。
七人の子どもが、待ちぶせしていたのです。夜光人間は、その七人に、両腕にぶらさがられて、身動きもできなくなってしまいました。」
「まあ、やっぱり、小林さんは、えらいわねえ。ちゃんと、チンピラ隊をつれていったのね。」
「そうですよ。あのチンピラ隊の子どもたちは、へいきで、おとなにむかってくるし、ネコのように、まっ暗なところでも、目が見えるのです。それに力もなかなか強いのです。」
「で、夜光人間は、あの子どもたちにつかまったのに、どうして、逃げることができたのですか。」
「ウフフフフフ……、おくの手があったのですよ。夜光人間には、いつも、おくの手があるのですよ。どんなおくの手だったと思いますね。ウフフフ……、夜光人間は四本の手を持っていたのですよ。」
「エッ、四本の手って?」
「二本は、ほんとうの、ほら、この手です。」
男はじぶんの両手を、ぬっと、前に出してみせました。ふしぎなことに、この男は、部屋の中でも手袋をはめていました。灰色の長い手袋で、手首のおくのほうまでかくれています。
帽子も取らないし、手袋もはめたままで、顔には、なにかやわらかいお面をかぶっているとしかおもえません。この男は、頭も、顔も、手も、すっかりかくしてしまっているのです。なぜでしょうか。これにはなにか、深いわけがあるのでしょうか。
男はやっぱり、にやにや笑いながら話しつづけます。なぜか、男のことばが、やにわにぞんざいになってきました。
「あとの二本はにせものだよ。夜光人間は、用心ぶかいのだ。いつ、つかまってもいいように、ちゃんと、にせものの腕を、マントの下にぶらさげて用意しているのだ。こんやも、チンピラ隊のやつらに、そのにせの腕をつかませたのさ。
にせの腕といっても、あついビニールでつつんであるので、人間の腕と同じように弾力がある。それに、洋服の腕のところだけをかぶせ、手袋がはめてあるから、まっ暗な中では、とても、気がつくものじゃない。ウフフフ……。
右の手に四人、左の手に三人、チンピラどもが、取りついてはなれない。夜光人間は負けたようにみせかけて、チンピラどもに、ひっぱられていったが、おもいきりひっぱらせておいて、にせの手を、パッとはなしたのだ。
チンピラどもは、将棋だおしさ。いきおいあまって、かさなりあって、たおれてしまった。
それでも、まだ気づかないで、二本のにせの腕にしっかりだきついたまま、たおれている。そのすきに、夜光人間は、闇にまぎれて逃げだしてしまったのさ。ハハハハハ……、どうだね、夜光人間のこの腕まえは、すばらしいとは思わないかね。え、マユミさん。」
そのとき、男が大声で笑った顔の恐ろしさ。お面のような顔に、キューッと大きなしわがよって、グニャグニャと、異様に動くきみわるさといったらありません。
マユミさんは、まっ青になって、おもわず長いすから立ちあがりました。
「あんたは、だれなの? いったい、だれなの?」
と叫ぶように、たずねるのでした。