ビニール仮面
「わしかね。わしがだれだか知りたいというのかね。」
男は、ぐっと声をひくくして、ヌウッとお面のような顔を前につきだしました。
マユミさんは、おびえきって、いまにも逃げだしそうになるのを、やっと、ふみこたえています。もう返事をする力もありません。
「ウフフフ……、わしの顔を、よく見なさい。これは、わしのほんとうの顔じゃない。面をかぶっているのだ。だが、きみは、こんなやわらかい面を、まだ見たことがないだろうね。
二、三年前に、こういうやわらかい面が、フランスから輸入されて、日本でも売りだされたことがある。それは、道化師のようなおどけた顔ばかりだったが、わしは、あれにならって、あれよりも、もっと上等の面をつくらせたのだ。
この面は、ビニールでできているんだよ。だから、顔にぴたりと吸いついて、顔の肉が動けば、そのとおりに、この面も動く。
口と目のところは、くりぬいてあって、ものをいえば口が動くし、目のあなの中で、まばたきすれば、面がまばたきしているように見えるのだ。
ところで、マユミさん、わしが、なぜ、こんな面をかぶっているか、わかるかね。
いうまでもなく、顔をかくすためだよ。マユミさん、この面の下に、どんな顔が、かくされていると思うかね?」
男は、かんでふくめるように、ゆるゆると説明しました。マユミさんは、お面にかくされている顔のことを思うと、からだがしびれたようになって、身動きすることもできません。
「ウフフフ……、よく見なさい。こうしてはがせば、面は取れてしまうのだよ。」
男は、すくっと立ちあがって、黒いとりうち帽を取りますと、ふさふさとした、黄色っぽい髪の毛があらわれました。それから、両手の指を、ひたいの上にかけて、やわらかいお面を、くるくるっと、はぎとってしまったのです。
すると、その下から、なんともいえない、いやな感じの黄色い顔が出てきました。
「あかるくては、よくわからない。電灯を消すよ。」
男はそういって、壁のところへとんでいって、スイッチをおしました。パッと電灯が消えて、部屋のなかはまっ暗闇になったのです。
暗闇のなかで、ボウッと、まるいものが宙に浮いています。青い銀色に光った、顔のようなものです。
大きな目が二つ、まっ赤な血の色にかがやき、グワッとひらいた口の中が、火のようにもえています。……ああ、夜光人間です! 夜光人間の首ばかりが、ふわッと空間に浮きあがっているのです。その首が、ケラケラケラと、お化けの声で笑いました。
「マユミ、わしが、なぜここへきたか、わかるかね。べつに、きみをどうこうしようというのじゃない。明智は、るすだそうだが、帰ってきたら、きみから、わしのことばを、つたえるのだ。わしは、明智に、それをいうために、わざわざ、やってきたのだ。
わしは今夜、杉本の宝物をうばいとった。そして、小林やチンピラ隊をひどいめにあわせてやった。
このつぎは、あさっての晩だ。麻布山下町の赤森家の宝物を手にいれてみせる。赤森家には、中国の大むかしの白玉の仏像が五つそろっている。てのひらにのるような小さなものだが、天下にひびいた名宝だ。わしは、まえから、これを手にいれたいと思っていた。それを、あさっての晩に、ちょうだいにあがるのだよ。
赤森家にも、きみから、そうつたえてくれ。明智もあさっては帰ってくるかもしれない。帰ったら明智にも、このことを知らせるのだ。そして、じゅうぶん白玉をまもるがいい。だが、いくら明智が名探偵でも、夜光人間の魔力には、かなわないだろうと、そうつたえてくれ。わかったか。」
ああ、夜光人間は、またしても、どろぼうの予告をしているのです。しかも、わざわざ、名探偵明智小五郎の事務所へやってきて、ふせげるものならふせいでみよ、と、からかっているのです。
夜光人間とは、いったい何者でしょう。この怪物は、世間に知られた宝物ばかりねらっているようです。化けもののくせに、美術品をほしがるなんて、なんだかへんではありませんか。
そういう有名な美術品は、だれでも知っているのですから売ろうとすれば、すぐにばれてしまいます。売ってお金にすることはできないのです。夜光人間は、お金がほしいのではなくて、美術品そのものを愛しているとしか考えられません。お化けどろぼうにもにあわない、ふしぎなのぞみをもっているやつです。