ふたりの明智小五郎
小林少年は、ふしぎな西洋館の門の中へしのびこんで、建物のまわりを、ぐるっと、回ってみました。
すると、うら庭にめんした一階の部屋の窓から、電灯の光がさしていましたので、そっと、窓から中をのぞいてみますと、その部屋に、さっきの明智探偵が、ひとりで立っているのが見えました。
りっぱな部屋です。むこうの壁に、大きな鏡がはめこみになっています。高さ一メートル半もある細ながい鏡です。
明智探偵は、その大鏡の前に立って、じぶんのすがたをながめながら、ひとりごとをいっていました。
「おれの変装のうでまえは、たいしたもんだなあ。あの小林でさえ、見やぶることができなかったんだからなあ。ウフフフフ……、大どろぼうが名探偵に化けて、宝物の番をしたんだ。さすがの小林も刑事たちも、この手には気がつかなかったて。ウフフフフ……。」
鏡の中のじぶんのすがたに笑いかけながら、大とくいのようです。
それを聞くと、こじき少年の小林君は、そっと窓をはなれて、おおいそぎで門の外にかけだし、近くの公衆電話をさがして、その中にとびこみました。
そして、どこかへ電話をかけると、またもとの西洋館にもどったのですが、小林君のことは、ここまでにしておいて、こんどは、西洋館の中のにせ明智探偵のほうから、お話をすすめることにします。
小林君が公衆電話をかけてから、三十分もたったころです。にせの明智探偵は、あの鏡の部屋のアームチェアに、ゆったりと腰かけて、タバコを吹かしていました。まだ変装をとかないで、明智探偵のすがたのままです。このすがたで、まだ、一仕事するつもりなのでしょうか。
このとき、こつこつと、ドアをたたく音がしました。にせ明智の部下のものかもしれません。
「はいりたまえ。」
にせ明智は、ゆったりとして答えました。
ドアがスウッとひらきました。そして、そこに立っていた人は……。
にせ明智が、「アッ。」といって、いすから立ちあがりました。
ごらんなさい! ドアの外に立っていたのは、明智探偵だったのです。部屋の中にも明智探偵、ドアの外にも明智探偵、顔から洋服から、そっくりそのままの人間がふたり、むかいあって立っているのです。
にせ明智は、じぶんのすがたが、鏡にうつっているのではないかとおもいました。しかし、大鏡は、ドアのよこのほうに、ちゃんとあるのです。そして、そこにも、じぶんのすがたが、うつっているのです。明智探偵が三人になりました。じぶんと、ドアのところに立っているのと、鏡にうつっているのと、あわせて三人です。
「ハハハハハ……、おどろいているね。だが、きみは、じつに変装がうまいねえ。ぼくだって、そこにいるのは、じぶんじゃないかと思うくらいだよ。ハハハハハ……。」
ほんものの明智探偵が、ゆっくり、部屋の中へはいってきました。
「き、きみは、どうして、ここへ……。」
にせものは、すっかり、どぎもをぬかれて、はっきり口をきくこともできません。
「小林だよ。きみは赤森さんのうちから、小林をおいかえしたそうだね。ぼくはいままで、そんなことをしたためしがないから、小林がうたがったのだ。かしこい少年だからね。そして、きみのあとをつけたのだよ。
ぼくは今夜八時三十分に、東京駅について、すぐ事務所に帰ったのだが、そこへ小林から電話がかかってきた。その小林が、このうちをおしえてくれた。それで、にせの明智探偵にあうために、ここへやってきたというわけさ。ハハハハハ……。」
ほんものの明智探偵は、そういって、右手をポケットにいれました。にせ明智も、右手をポケットにいれています。
「ハハハハ……、ポケットから手を出したまえ。ピストルなら、ぼくも持っているんだからね。」
「うん、とび道具はよそう。話せばわかることだ。」
にせ明智は、やっと決心がついたらしく、もうへいきな顔になって、ポケットから、手を出しました。ほんものの明智も、ピストルをはなして、手を出し、にこにこしながら、話しつづけるのでした。
「夜光人間とは、うまく考えたねえ。あのきみのわるい顔でおどかしておいて、どろぼうをやるなんて、きみでなければ思いつかないことだよ。」
「それじゃ、きみは、おれの秘密を、なにもかも知っているというのか。」
にせ明智が、ふてぶてしく、たずねます。
「うん、知っている。このまえの杉本さんの推古仏をぬすんだ事件も、こんどの赤森さんの白玉をぬすんだ事件も、すっかりわかっている。
ぼくは旅行をしていたが、新聞を読んで、おおかたはさっしていた。そして、今夜帰って、事務所の者から、くわしい話をきいたので、すっかりわかってしまった。」
「ふうん、そうか。さすがは名探偵だな。よろしい、きみの話を聞いてやろう。だが、この部屋はおちつかない。もっとおくの部屋へいこう。いごこちのいい部屋があるんだ。」
「どこへでもいく。もう、この建物は、おおぜいの警官隊に、かこまれているころだからね。小林が警視庁の中村警部にしらせて、その手配をしたのだ。だから、きみがぼくをごまかして、逃げだそうとしたって、逃げられるはずはない。どこへでもいく、さあ、案内したまえ。」
「ふうん、よく手がまわったな。よろしい、おれも、いまさら逃げかくれはしない。じゃあ、こちらへきたまえ。」
にせ明智は、そういって、さきにたって、ドアの外へ出ていきました。廊下を一つまがった、おくまったところに、こぢんまりした、きれいな部屋があります。ふたりは、その中へはいって、むかいあって立ちました。
その部屋には、窓というものが、ひとつもありません。たったひとつのドアには、にせ明智が、中からかぎをかけました。ですから、その部屋は完全な密室になってしまったのです。