警官隊
「ハハハハ……やせがまんはよしたまえ。ほら、聞こえるだろう。ドアのそとの廊下に、おおぜいのくつ音がする。警官隊がやってきたのだ。五人や六人じゃない。何十人という警官が、この家をとりまいている。そのうちの一隊が、ここへやってきたのだ。」
明智のことばが、おわらないうちに、どんどんと、ドアをたたく音がして、
「明智君、ここにいるのか。ぼくは中村だ。犯人はだいじょうぶか。」
ドアのそとから、かすかな声が聞こえました。警視庁の中村警部です。警部がおおぜいの部下をつれて、やってきたのです。
「だいじょうぶだ。この部屋には、窓がない。出入り口は、そのドアばかりだ。ドアのそとで、見はっていてくれたまえ。いまに犯人をひきわたすからね。」
明智が大声で、ドアのそとへ呼びかけました。
「ハハハハ……、おもしろい。おれは、ふくろのネズミだね。ハハハハ……、さすがの四十面相も、とうとう、名探偵のわなにかかったというわけか。ところがね、明智君、いまもいうとおり、おれには、まだ、さいごのおくの手が残っている。それをお目にかけるときが、きたようだね。」
四十面相は、あくまで、ふてぶてしく笑いとばしています。いったい、なにを考えているのでしょう。
そのとき、みょうなことが、おこっていました。ほんものと、にせものと、ふたりの明智探偵の立っている部屋が、かすかにゆれはじめたのです。
「おや、地震のようだな。」
明智探偵がいいますと、四十面相は、また、笑いだしました。
「うん、地震だ。ハハハハ……、ゆかいゆかい。おれは地震がだいすきだよ。この地震が、おれのすくいぬしなんだからな。ハハハ……。」
地震で家がこわれたら、逃げだせるといういみでしょうか。しかし、そんなに、強い地震ではありません。ごくかすかな、いつまでもつづく長い地震です。
明智探偵はドアに背中をむけて、部屋のおくにいる四十面相を、ゆだんなく見つめていました。なにか、へんなまねをすれば、すぐにとびかかる用意をしながら、じっと見つめていました。
× × × ×
ドアのそとの廊下には、中村警部をさきにたてて、十名ほどの制服警官が、ひしめきあっていました。
ドアにはかぎがかかっているので、中から明智探偵があけてくれるのを、待ちかまえていたのです。
もうひらくか、もうひらくかと、みんなの目が、そのドアをにらみつけていたのです。
なにをしているのでしょう。明智はなかなか、ドアをあけてくれません。中村警部はしびれをきらして、また、どんどんとドアをたたきながら、声をかけました。
「明智君、はやくドアをあけてくれたまえ。おい、明智君、どうしたんだ。」
耳をすましても、なんの答えもありません。
「おい、明智君。どこにいるんだ。へんじをしたまえ。」
いくらどなっても、部屋の中は、しいんと、しずまりかえって、なんの物音もしないのです。
中村警部は、心配になってきました。こぶしをにぎって、ドアをめちゃめちゃに、たたきつづけました。しかし、なんの答えもないのです。
「どうしたんだろう。おかしいぞ。よしッ、しかたがない。きみ、このドアへ、からだでぶっつかって、やぶってくれたまえ。」
とうとう決心して、部下にめいじました。
ひとりのがっしりした警官が前にでて、「わたしがやります。」といいながら、どしん、とドアにからだをぶっつけました。
どしん、どしんと、二、三どやると、ドアの板がわれ、ちょうつがいがこわれて、大きなすきまができました。
中村警部は、そこから部屋の中をのぞいてみましたが、アッ、これはどうしたというのでしょう。五坪ほどのせまい部屋の中は、まったく、からっぽでした。人のかくれるような場所もないのです。ああ、ほんとうの明智探偵と、にせものの明智探偵は、いったい、どこへ行ってしまったのでしょう。
「きみたち、ピストルをだして、ここに見はっていてくれたまえ。ふたりだけ、ぼくといっしょに中へはいってみよう。人間が煙のように消えてしまうなんて、考えられないことだ。どっかに、かくれているにちがいない。さがすんだ。」
中村警部は、そういって、さきにたって、ドアのすきまから中へはいっていくのでした。