大秘密
それとおなじときでした。
部屋の中には、明智探偵と、明智に化けた四十面相とがむかいあって、立ちはだかっていました。四十面相は、部屋のおくのほうに、明智探偵は、ドアに背中をむけて、じっと、にらみあっていたのです。
オヤッ、なんだかへんですね。中村警部がすきまのできたドアから、部屋の中をのぞいたときには、そこには、だれもいなかったではありませんか。それなのにそのおなじときに、明智探偵と四十面相は、ちゃんと、そこに立っていたのです。
作者が、でたらめを書いているのでしょうか。いや、けっして、そんなことはありません。両方とも、ほんとうなのです。読者のみなさん。これはいったいどうしたわけなのでしょう。そんなばかなことは、ありっこないと考えるでしょうね。ところが、じっさい、そういうことが、おこったのです。おわかりですか? よく考えてみてください。そこには、びっくりするような、ひとつの秘密があったのです。
さっきまで、ゆれつづけていた、あの地震は、いつのまにか、ぴったりととまっていました。
どこかで、かすかに、人の叫ぶ音がしたようです。それから、どしん、どしんと、なにかが、ぶっつかる音、めりめりと、板のわれる音、しかし、それが、ひどく遠いところから聞こえてくるのです。さすがの明智探偵も、それらのもの音が、なにをいみするのか、さとることができませんでした。
そのとき、にせ明智の四十面相は、なにを思ったのか、つかつかとドアのほうに近づいて、持っていたかぎを、ドアのかぎ穴にさしこみました。
「おい、きみは、なにをするのだ。」
明智探偵がおどろいて、たずねますと、四十面相はあざ笑って、
「部屋の外へ出るのさ。もう、きみの顔も見あきたからね。」
「エッ、なんだって? そのドアの外には、警官隊がつめかけているんだぜ。きみは、そこへ出て、はやくつかまりたいというのか。」
「うん、おれはつかまりたいんだよ。だが残念ながら、つかまりっこないね。おれは魔法をこころえているんだからね。じゃあ、あばよ。」
そういったかとおもうと、いきなりドアをひらいて、外にとびだし、また、バタン、とドアをしめてしまいました。それが、あまりすばやかったので、明智探偵は、うっかり部屋の中にとりのこされたのです。
しかし、あわてることはありません。外には警官隊が見はっているのですから、四十面相のやつ、たちまち、つかまってしまったにちがいありません。
そのようすを見ようと思って、ドアをおしましたが、外から、かぎをかけたとみえて、びくとも動かないのです。
明智は「オヤッ。」と思いました。なんだか、ようすがへんです。いきなりドアをたたいて、外へ声をかけました。
「中村君、いま、外へ出たやつが犯人だッ。ぼくとそっくりの顔をしているが、にせものだ。おい、中村君、そいつは怪人四十面相だ。わかったか……。」
ところが外からは、なんの返事もありません。しいんと、しずまりかえっています。いよいよへんです。廊下にはおおぜいの警官がいるのですから、取っくみあいの音が聞こえてくるはずです。それが、まるで死んだようにしずかなのは、いったい、どうしたわけなのでしょう。
× × × ×
こちらは中村警部の一隊です。ドアをおしやぶって、警部とふたりの警官が、部屋の中へふみこみました。
かんたんなイスとテーブルと、部屋のすみに、かざり棚がおいてあるぐらいのもので、どこにも人間のかくれられそうな場所もありません。
中村警部たちは、きつねにつままれたような気持ちで、ぼんやりと、部屋の中を見まわしていました。
すると、とつぜん、部屋の中がまっ暗になってしまいました。
「アッ、停電だ。」
外の廊下からも、警官たちの声が聞こえてきました。廊下の電灯も消えてしまったのです。あたりは、しんの闇でした。
そのときです。部屋のすみの天井の近くに、ボウッと白く光るものが、あらわれたではありませんか。
人間の頭ほどの大きさの、まるいものです。それにまっ赤なものが、三つ、ついていました。二つは目、一つは口です。
大きなまっ赤に光る目が、じっと、こちらをにらんでいました。耳までさけた口が、いまにも火を吹きそうに赤くもえています。
「アッ、夜光怪人だッ。」
警官のひとりが、ふるえ声で叫びました。
「エヘヘヘヘヘ……。」
身の毛もよだつ、笑い声。夜光怪人が笑っているのです。
「かまわないッ! ピストルだッ!」
闇の中から、中村警部がどなりました。
ふたりの警官のピストルが、恐ろしい音をたてて、赤い火を吹きました。
空中の白く光る顔が、ぐらぐらとゆれました。たしかに一発は命中したのです。しかし、怪人はへいきです。
「エヘヘヘヘ……。」と、ものすごい笑い声をたてて、まっ赤な目をむいた顔が、サアッと、こちらへ、とびついてきます。
またピストルが火を吹きました。しかし、相手はへいきです。めちゃめちゃに空中を飛びまわりながら、きみのわるい笑い声をたてているのです。
怪物はピストルのたまがあたっても、死なないことがわかりました。お化けは、死ぬということがないのかもしれません。
「だれか、懐中電灯を持っていないか。」
中村警部が、大きな声でどなりました。
その声におうじて廊下から、パッと、光がさしてきました。三人の警官が懐中電灯をつけて、こちらへはいってくるのです。
その三本の光が、夜光怪人の飛んでいる天井にむけられました。
オヤッ、なんにもいないではありませんか。
さっきまで、赤い目をむいて、飛んでいた怪物の顔が、もう、かげも形もありません。どこかへ消えてしまったのです。
ふしぎは、いよいよ、くわわるばかりです。さっきは明智探偵と四十面相が、かき消すように消えたかとおもうと、こんどは、夜光怪人の首がなくなってしまったのです。
銀色に光る首の下には、むろん黒いシャツでつつんだ人間のからだがあるはずです。そのからだもろとも、消えうせたのです。窓のない部屋、たった一つのドアのそとには、警官隊ががんばっています。ですから、逃げ道は、どこにもないのです。いったい、どうして消えうせたのでしょうか。
ふしぎにつぐふしぎ、ここはまるでお化けやしきです。