エレベーター
「口で説明するよりも、もういちどやってみよう。こんどは、ドアをしめないでね。そうすれば、この大魔術のたねが、はっきりわかるんだよ。」
明智はそういって、にこにこ笑いながら部屋の中にはいり、おくのほうへいって、くつで床のある場所を、とんと、ふみました。そこに、おしボタンがあるのでしょう。
すると部屋ぜんたいが、スウッと下のほうへ、しずみこんでいくではありませんか。ひらいたドアの上のほうから、コンクリートの壁がおりてきて、それが下へ下へと通りすぎてしまうと、そこにあらわれたのは二階の部屋でした。
つまり部屋ぜんたいが、大きなエレベーターになっていたのです。
さいしょの部屋が地下室へおりてしまうと、そのあとへ二階の部屋がきて、ぴったりドアの入口にあうようにできているのです。
明智探偵のいる部屋は、地下にさがって、だれもいない二階の部屋が、一階へおりてきたわけです。
しばらくすると、こんどは部屋が、ぎゃくに動きだし、二階が上にあがって、明智の立っている部屋が、下からあらわれてきました。
「なるほど、部屋ぜんたいのエレベーターとは考えたね。」
中村警部が、感じいったようにいいました。
「で、四十面相は逃げてしまったのか。」
「うん、ぼくは、この部屋が地下室へさがっているとは夢にもしらないものだから、四十面相がドアのそとへ出ていくのを、とめもしないで見おくっていた。ドアのそとの廊下に、きみたちがいると思いこんでいたのでね。
ところが、部屋は地下室へさがっていたので、ドアのそとにはだれもいなかった。四十面相は、そのまま、地底のやみの中へ、すがたをくらましてしまった。」
「しかし、この西洋館のまわりは、警官隊がとりまいている。逃げだせば見つかるはずだよ。」
と、中村警部が、いぶかしげに口をはさみました。
「警官隊がいるのは、この建物の塀の中だろう。ところが地下室の出入り口は、塀のそとの、ずっと遠いところにあるかもしれないからね。」
「エッ、それじゃ、地下道が、やしきのそとへ通じているというのか。」
「でなければ、いまごろは、警官隊につかまっているはずだからね。
しかし、ぼくのほうにも、奥の手があるんだよ。それは小林少年だ。小林君はチンピラ隊の子どもたちをつれて、この西洋館の塀のそとの原っぱを、ぐるぐる見まわっている。そして、あやしいやつを見つけたら、尾行して、いくさきをつきとめることになっている。いまは、その小林君の報告を待つばかりだよ。」
「うん、そうか。小林君ならぬかりはないだろう。うまく尾行してくれればいいがね。……それにしても、もうひとつ、わからないことがあるよ。さっき、ぼくらがドアをやぶって、この部屋へとびこむと、電灯が消えて、夜光人間の顔が、部屋の中をとびまわった。
それが、懐中電灯をつけて照らしてみると、もう、どこにもいないのだ。消えうせてしまったのだ。ドアから出ていったはずはない。そこには、いっぱい警官がいたんだからね。といって、ドアのほかには、人間の出られるようなすきまは、どこにもないのだ。明智君、きみは、このふしぎをとくことができるかね。」
中村警部のことばに、明智探偵は部屋の中にはいって、天井を見まわしていましたが、なにを見つけたのか、にこにこして警部を手まねきしました。
「ほら、あすこを見たまえ、さしわたし二センチほどのまるい穴がある。夜光人間はあそこからとびだしてきて、また、あそこからもどっていったのだよ。」
「エッ、なんだってあんな小さな穴から、人間が出入りできるというのか。」
中村警部はびっくりして、明智の顔を見つめました。
「人間は出入りできない。しかし、ビニールの風船玉なら出入りできるよ。四十面相というやつは、『青銅の魔人』いらい、風船をつかうくせがあるから、こんども、その手にちがいない。ビニールで夜光人間の首だけをつくって、しぼませたまま、あの天井の穴から下へだし、息を吹きこんでふくらませ、それをひもで、ぶらんぶらんと動かしてみせたんだよ。
むろん顔には、いちめんに夜光塗料をぬり、目と口には赤い豆電球をつけてね。天井に乾電池をおいて、そこからコードが、豆電球につながっているのさ。
それから、この首を消すときには、空気をぬいてしぼめたビニールを、あの穴から、ぬきだせばいいのだから、わけはない。四十面相の手下が、天井の上にかくれていて、夜光人間の首を、あやつったのにちがいないね。
四十面相というやつは、こういう手品が大すきだ。とほうもない魔術を考えだして、世間をさわがせるのが、なによりもうれしいのだから、こまったやつさ。」
明智探偵は、そういって、にが笑いをするのでした。