天にのぼる怪人
夜光の首は、赤い目をかがやかせ、もえる口をひらいて、まっ暗な森の中を、あちこちと、飛びあるきながら、ケラ、ケラ、ケラと、あのものすごい笑い声をたてました。
「おれは明智をだしぬいてやった。警官隊もだしぬいてやった。そして、いまは、きみたちを、アッといわせるのだ。あの地下道の出口には、警官隊が見はっていると思った。その警官たちを、アッとおどろかせる魔法を考えておいたのだ。
ところが、あそこに待ちぶせしていたのは警官隊でなくて、きみたちばかりだった。きみたちチンピラでは、いささか相手にとってふそくだが、しかたがない。いま、そのおどろくべき魔法を見せてやる。帰ったら、明智探偵に、ちゃんと報告するんだぞ。」
夜光の首が、みょうなしわがれ声で、そんなことをいいました。
そして、しばらくのあいだ光る首ばかりが、木のあいだを、ふわふわと飛んでいましたが、森の中でもいちばん大きな木の前にとまると、胸から腹、腹から腰、腰から足と、だんだんに、銀色に光る全身を、あらわしていくのでした。
それは、ぴったりと身についた黒シャツと黒ズボンをぬいでいるのだとわかっていても、ピカピカ光るからだがあらわれてくるにつれて、なんともいえぬぶきみさに、心のそこから、ゾーッとしないではいられないのです。
リンのように光るからだが、すっかりあらわれ、大きな木の下に、またをひらいて、すっくと立ちました。
「おい、小林君、おれがいま、どんなはなれわざをやるか、よく見ているがいい。そして、そのありさまを明智君につたえるのだ。
おれは、ひとまず、ここを逃げだすけれども、すぐにまた、きみたちの前にあらわれる。そして、美術品を集めるのだ。これがおれのたのしみだからね。おれの美術館がいっぱいになるまでは、このたのしみをやめないつもりだ。明智君に、そうつたえてくれ。いまにまた、知恵くらべをやりましょうってね。」
夜光怪人は、そういいながら、スウッと木の上にのぼりはじめました。
いつものとおりです。木のてっぺんから綱がさげてあって、それをのぼるのだとわかっていても、銀色にかがやくはだかの男が、まっ暗な木の上へのぼっていくすがたは、なんともいえぬ異様なものでした。
とうとう、高い木のてっぺんまで、のぼりつきました。いつもは、そのてっぺんで、黒シャツと黒ズボンをはき、黒い覆面をして、すがたを消してしまうのです。そして、空へのぼったように見せかけるのですが、こんやは、ちがっていました。
いつまでたっても、銀色のすがたは消えません。消えないばかりか、なにかしらへんなことが、はじまったのです。
ぶるるん、ぶるるん、ぶるん、ぶるん……と、みょうな音が聞こえてきました。木のてっぺんから聞こえてくるのです。
「アッ、飛んでる、飛んでる……。」
チンピラのひとりが、とんきょうな声をたてました。
たしかに、飛んでいるのです。銀色の夜光怪人のからだは、木のてっぺんをはなれて、星空たかく舞いあがっていくのです。
砂をまいたような星空を、赤い目をかがやかせ、口からほのおをはいた銀色の人間が、スウッとのぼっていくのです。まるで童話のさしえでも見ているような夢のようなけしきでした。
夜光怪人は、はねもないのに、どうして空へのぼっていくのでしょう。なにか、しかけがあるのでしょうか。
読者諸君は、『宇宙怪人』の事件で、二十面相が、空を飛んだことをおぼえているでしょう。あれはヘリコプターのプロペラのようなものを、小さい発動機につけて、背中にしょっていたのです。そういう機械を発明したフランス人から、二十面相が買いいれて、宇宙怪人に化けたのでした。
夜光怪人は、あれとおなじ機械を、木のてっぺんにかくしておいて、それを背中にくくりつけて飛んだのかもしれません。
いずれにしても、銀色に光る人間のからだが、ふわりふわりと、星の世界へのぼっていく光景は、じつにみごとなものでした。
そのすがたが、だんだん小さくなっていきます。はじめは一メートルほどに見えたのが、五十センチになり、三十センチになり、十センチになり、そして、いちめんの星の世界へ、とけこんでしまいました。
小林少年と四人のチンピラ隊員は、夢みごこちで星空を見あげていました。夜光怪人の銀色のすがたが、星とまちがえるほど小さくなって、星のあいだに消えてしまっても、そこに立ちつくしたまま、ぼうぜんとしていました。
しかし、いつまでも、そうしているわけにはいきません、小林少年は、やっと正気づいたように、四人のチンピラをうながして、四十面相の西洋館にひきかえすのでした。
西洋館へはいってみると、明智探偵も、中村警部も、まだそこにいて、小林君の知らせを待っていました。
「あ、小林君、どうだった? あいつの逃げだすのを見なかったか。」
明智探偵が、まずそれを聞きました。
「ええ、うしろの原っぱに、地下道のぬけ穴があります。あいつは、白ひげのじいさんに化けて、そこから出てきました。むろん、ぼくたちは、そのあとをつけましたが、神社の森の中で逃げられてしまいました。あいつは木のてっぺんから、空へ舞いあがったのです。宇宙怪人のときと、そっくりの飛びかたでした。
空へ逃げられてしまっては、どうすることもできないので、ぼくたちは、そのまま帰ってきたのです。」
「いや、そこまで見とどければ、じゅうぶんだよ。ごくろうさん。あいつはぼくを、その森の中へおびきよせたかったのかもしれない。そして、ぼくの目の前で、空へ飛んで見せたかったのだろう。じつに、しばい気たっぷりなやつだからね。」