おとし穴
夜光怪人はどこへいったのか、洞窟の中はまっ暗で、なにもいないようです。
三人はその入口に、からだをくっつけあって、立ちすくんでいました。そして、どこからか怪人の声が聞こえてこないかと、耳をすましていました。
「アッ、あそこにいる。」
上山さんが、おさえつけたような声でいいました。
洞窟の奥のほうに、ボウッとまるい青白いものがあらわれ、その中へ、まっ赤な目と口が浮きだしました。夜光怪人の首です。
スウッと、それが空中をただよって、こっちへ近づいてきます。
「あいつには、からだがあるんだ。黒いシャツをきているから見えないだけだ。とびかかって、おさえつけるんだ。いいか、そらッ!」
上山さんにつづいて、小林少年も、ポケット小僧も、夜光の首にとびかかっていきましたが、たちまち三人とも、そこへころがされてしまいました。
「ケ、ケ、ケ、ケ、……どうだ。つかまえられるなら、つかまえてみるがいい。」
いやらしい声が、洞窟にこだまして、ひびきました。
小林君も、ポケット小僧も、夜光怪人にたおされたとき、ひどく腰をうったので、きゅうには起きあがれません。たおれたまま夜光の首を見つめていました。
青白く光る首は、ツーッと、むこうのほうへ遠ざかっていきましたが、そこで黒いシャツをぬぎはじめたとみえて、銀色の肩、胸、腹、それから、腰、ふともも、足のさきまで、夜光怪人の全身があらわれました。
「ケ、ケ、ケ、ケ……、おい、チンピラども、とうとう、おれのわなにはまったな。いまに恐ろしいことがおこるから、待っているがいい。」
怪人は、そういったかとおもうと、銀色に光るからだで、洞窟の中をかけまわりはじめました。
まっ赤な目、まっ赤な口、その口から、ハッ、ハッと、赤いほのおをはきながら、闇の中を、めちゃくちゃに走りまわるのです。気がちがったように走りまわるのです。
三人は、それをよけて、洞窟のすみへすみへと、逃げていきましたが、すると、とつぜん、小林君の足の下の地面が消えてなくなってしまいました。
「アッ!」
と叫んだときには、深い穴の中におちこんでいました。洞窟のすみに、一坪ぐらいの広さの、おとし穴がひらいていたのです。深さは三メートルもあって、四方は、きりたった壁ですから、とてもよじのぼることはできません。
そこへ落ちたのは、小林少年とポケット小僧だけで、上山さんは、穴の上にいるのです。
「上山さん、助けてください。おとし穴に落ちてしまったのです。」
小林君が叫びますと、穴のふちに上山さんの顔があらわれました。ポケット小僧のもつ万年筆型の懐中電灯が、その顔を、下からかすかに照らしています。
「きみたちは、いっぱいくったねえ。」
上山さんが、へんなことをいいました。
「エッ、なんですって? もういちど、いってください。」
小林君が、びっくりして聞きかえします。
「そこをよく見たまえ、きみたちのそばに、だれかが、たおれているはずだ。」
上山さんが、また、みょうなことをいいました。
「エッ、どこに?」
小林君とポケット小僧は、懐中電灯で、穴の底を照らしてみました。
「アッ、だれか、たおれている。」
かけよってみますと、ひとりの背広姿の男が、さるぐつわをはめられ、手足をしばられて、そこにころがっていました。
「上山さん、これ、だれです。」
小林君が、穴の上を見あげてたずねますと、上山さんは、うすきみわるく笑いました。
「ウフフフフ……、さるぐつわをとってごらん。だれだかわかるから。」
どうもへんです。なんだか、とほうもないまちがいが、おこっているような気がします。
小林君は、いそいで、ころがっている男のさるぐつわをとり、懐中電灯で、その顔を見ましたが、見たかとおもうと、
「アッ!」
と叫んで、おもわず逃げごしになりました。
小林君は、恐ろしい夢を見ているのでしょうか。
そこにころがっていた男は、上山さんとそっくりの顔をしていたのです。上山さんが、ふたりになったのです。こんなばかなことがあるものでしょうか。
小林君は立ちあがって、叫びました。
「上山さん。顔を見せてください。」
すると、上にいる上山さんは、
「え、わしの顔が見たいのかね。さあ、よく見るがいい。」
といいながら、穴のふちから、グッと顔をだしてみせました。小林君の懐中電灯が、その顔を照らしました。
「アッ、やっぱり上山さんだ。ふしぎだなあ。この穴の底にたおれている人は、上山さんとそっくりの顔をしているのですよ。まるで、ふたごの兄弟みたいだ。」
「ウフフフフ……、ふたごはよかったねえ。……おいッ、小林、そこのポケット小僧も、よく聞くんだ。上山にはふたごの兄弟なんてないよ。ウフフフフ……、どちらかが、にせものさ。いったいどっちが、にせものだと思うね……、では、ひとつ、その証拠を見せてやるかな。」
上山さんは、そういったかとおもうと、いきなり、ヒューッと口ぶえを吹きました。
すると、その口ぶえがあいずだったのでしょう。洞窟のむこうのほうを、グルグルまわっていた夜光怪人が、クルッとむきをかえて、上山さんのほうへ近づいてきたではありませんか。
上山さんは、夜光怪人が、そばまでくるのをまって、なつかしそうに、手をその肩にまわして、ピッタリからだをくっつけました。そして、穴のふちへひざをついて、顔をそろえて、穴の中をのぞきこみました。
小林少年とポケット小僧は、穴の底から、それを見たのです。
ああ、なんということでしょう。上山さんと夜光怪人とは、なかよく肩をくんで、ほおをくっつけんばかりにして、穴のふちからのぞいているではありませんか。フサフサしたかみの毛と、チョビひげのある上山さんの顔、それにならんで、あのまっ赤な目と、火を吹く口の、青白い夜光の首です。
「アッ、わかった。それじゃあ、きみは……。」
小林君が、ギョッとしたような声で叫びました。
「ウフフフ……、そこに、ころがっているのが、ほんものの上山だ。すると、このおれは、だれだろうね。」
上山さんが、からかうようにいいました。
「きみは四十面相だッ。四十面相でなくては、そんなにうまく化けられるはずがない。そして、夜光怪人に化けているのは、きみの部下だッ。」
小林君が、ずばりといいきりました。
「ウン、さすがは小林だッ。よくさっした。そのとおりだよ。おれは四十面相さ。上山家のヒスイの三重の塔をちょうだいするために、ちょっと上山さんといれかわったのだ。いつかの推古仏のときとおなじで、宝物をぬすむのには、そこの主人に化けるのが、いちばん、てっとりばやいからな。ウフフフ……。」
上山さんに化けた四十面相が、じまんらしくいいました。
「すると、きみは、もうあのヒスイの塔を……。」
小林君は、はやくもそれに気づきました。
「ウン、そのとおり。さっき、金庫にしまうとみせかけて、じつは、うちポケットに入れたのだ。おれの服は手品師の服とおなじで、大きなかくしポケットが、ほうぼうについているからな。ウフフフ……、ほら、これだ。よく見るがいい。」
そういって、穴のふちから出して見せたのは、さっき書斎で見たのとそっくりの、十五センチほどの高さのヒスイの塔でした。