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夜光人-泥浆瀑布
日期:2022-01-10 19:41  点击:294


土くれの(たき)


 ああ、なんということでしょう。四十面相は、上山さんの宝物を、これからぬすむようにみせかけて、そのじつは、とっくにぬすんでしまっていたのです。宝物をまもるために、小林少年たちをよんだときには、上山さんは、もうほんとうの上山さんではなかったのです。
 では、上山さんに化けた四十面相は、なんのために、小林少年やポケット小僧をよんだのでしょうか。
 むろん、それは、ふたりをアッといわせて、あざ笑うためだったのです。いや、もっと恐ろしいことを、たくらんでいるのではないでしょうか。
 この地底の洞窟を、こっそり、つくっておいたのも、四十面相のしわざかもしれません。そして、いつも、仕事のじゃまをする小林少年とポケット小僧を、そこにとじこめ、なにかゾッとするような復讐を、たくらんでいるのかもしれません。
 夜光怪人には、四十面相が、じぶんで化けることも、部下に化けさせることもあります。きょうは、四十面相は上山さんに化けていなければなりませんので、夜光怪人の役は部下にうけもたせたのでしょう。
 小林少年は、グッと上をにらんで、どなりつけました。
「おい、四十面相くん。きみはヒスイの塔をぬすんだのだから、もう、このうちに用事はないはずだ。あとは逃げだすばかりだ。しかし、ぼくたちがいては、逃げだすじゃまになるから、こうして、この洞窟の中へ、とじこめておこうというわけだね。」
 それをきくと、四十面相は、さもおかしそうに笑いました。
「ハハハ……、そのとおりだよ。きみたちは、ここにとじこめられたのさ。きみたちが、知恵をはたらかせれば、ここをぬけだすことができるかもしれない。まあ、やってみるんだね。だが、むずかしいだろうな。
 そのうちに、なんだか、とほうもないことが、おこりそうな気がするぜ。ウフフフ……。」
 それっきり穴のふちから、四十面相の顔も、夜光怪人の顔もかくれて、しいんと、しずまりかえってしまいました。たぶん、ふたりは、どこかへ逃げていったのでしょう。
 小林少年とポケット小僧は、たおれている上山さんの手足の縄をとき、たすけおこして、かいほうしました。
「おお、ありがとう、ありがとう。だが、きみたちは、いったいだれですか。」
 上山さんは、べつに気をうしなっていたわけではありませんから、さっきからの会話を聞いていましたが、ふたりの少年が、なにものであるかは、まだよくわからないのでした。
 そこで小林君は、四十面相は、にせの上山さんに化けて、明智探偵事務所へ電話をかけたこと、明智先生がるすだったので、小林君がポケット小僧をつれてでかけてきたことなどを、話してきかせました。
「フーン、そうですか。それでわかった。あいつは、わしに化けて、ヒスイの塔を金庫からぬすみだしたんだね。じつに恐ろしいやつだ。あいつはもう逃げてしまったのかもしれないが、わしたちは、ここにじっとしているわけにはいかない。どうかして、ここを出るくふうはないだろうか。」
 上山さんは、高い穴のふちを見あげて、小首をかしげるのでした。
 すると、いままで、だまっていたポケット小僧が、とんきょうな声でいいました。
「いいことがある。三人で肩車をやればいい。ね、まず上山さんの肩へ、小林さんがのるんだよ。それから、おれが、小林さんの肩の上までよじのぼる。そうすれば、穴のふちへ手がとどくよ。手さえとどけば、おれ、穴の上へとびあがれるよ。
 それから、おれが穴の上へころがって、小林さんをひっぱりあげ、そのつぎには、小林さんと、おれとで、縄をつかって、上山さんをひっぱりあげるんだ。そうすりゃ、みんな、穴のそとへ出られるよ。ね、小林さん、それがいちばんいいよ。」
 うまい考えです。小林少年は、
「よしッ、そうしよう。ね、上山さん、こいつのいうとおりです。あなたはこの壁にくっついて、むこうむきに立ってください。ぼくは、あなたの背中から肩へのぼります。」
といって、上山さんを立たせ、その背中へのぼりつこうとしました。
 そのときです。どこからか、ドドド……という、恐ろしい音が聞こえ、頭の上から、なにかが雨のようにふってきたではありませんか。
 土です。土がふってくるのです。
 おとし穴の一方は洞窟の壁にくっついていますので、その壁の上から、土がくずれて落ちると、ちょうど三人の頭の上にふりかかるわけです。
 どこがくずれているのか、たしかめようとしましたが、とても上を見ることはできません。目の中にこまかい土が、とびこんでくるからです。
 にぎりこぶしほどの土のかたまりから、こまかいのまで、水をふくんでドロドロした土くれが、ダダダ……、ダダダ……と、まるで滝のようにふってくるのです。
 三人はおもわず、穴の中にうずくまって、おたがいに、だきあうようにして、土くれのあたるのをふせぎました。
 ダダダ……、ダダダ……、土くれは、かぎりもなくふってきます。そして、その恐ろしい物音にまじって、どこからともなく、あのぶきみな笑い声が、ひびいてくるのです。
「ケ、ケ、ケ、ケ、ケ、……。」
 夜光怪人の声です。かれが、まだそのへんにいるとすると、四十面相も、洞窟にのこっているにちがいありません。
 あらかじめ、土が落ちるようなしかけが、つくってあったのでしょう。そのしかけをはずして、土の雨をふらせ、三人が土にうずまっていくのを、むこうの闇のなかから見て、笑っているのでしょう。
 小林少年は、そこまで考えて、ハッとしました。
「あいつは、ぼくたちを、生きうめにするつもりだな。」
 穴の底につもった土は、底なし沼のようにドロドロして、足でふむと、ズブズブとしずんでしまいます。いくら土がつもっても、それを足場にして、穴のそとへ出られるみこみはありません。ドロドロの土は、もうひざの高さまであがってきました。
「上山さん、このままじっとしていたら、ぼくらは土にうずまって、死んでしまいます。さっきの肩車で、やってみましょう。さあ、むこうをむいて、立ってください。……ポケット君も、あとからのぼるんだよ。」
 小林少年は、そういって、上山さんの背中へのぼりつこうとしましたが、ダダダ……と、ふってくる滝のような土に、頭や、顔をうたれるうえ、上山さんの背広もドロドロになっているので、手をかけると、ツルツルすべって、どうすることもできません。
 しかし、命にかかわることですから、なんども、なんども、おなじことをやってみました。あるときは、小林君がうまく上山さんの肩にのぼり、ポケット小僧も、上山さんの背中から小林君の背中へとよじのぼり、とうとう肩の上に立ったのですが、穴のふちに手をかけようとすると、そこも、ドロドロの土におおわれていたので、ツルリとすべり、グラッとよろめくと、三人ともおりかさなって、穴の壁へぶったおれてしまいました。みんな、顔から手から、全身、ドロだらけです。
 いくらやっても、だめなので、三人はもう、あきらめてしまいました。
 いまは、腰までの深さになったドロの中に、じっと立っているばかりです。
 土の滝は、いつまでもやみません。ダダダ……ダダダ……、恐ろしいいきおいで、三人の頭の上からふりそそいできます。
 底なし沼の表面は、もうポケット小僧の腹のへんまでのぼってきました。腹から胸、胸からのど、ドロの沼は深くなるばかりです。
 とうとうドロは、ポケット小僧の口までのぼってきましたので、上山さんが小僧をだきあげてくれました。
 こんどは、小林君のばんです。胸からのど、のどからあごへと、ドロドロしたものがのぼってきます。
 上山さんは、左手でポケット小僧を、右手で小林少年をだきあげなければなりませんでした。
 しかし、それも、いつまでつづくことでしょう。ドロの表面はもう、上山さんののどのところまで、すりあがってきたではありませんか。


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11/28 11:00