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塔上的奇术师-钟塔别墅
日期:2022-01-15 23:56  点击:219

塔上の奇術師

江戸川乱歩

 

ふしぎな時計塔


 ある夕がた、名探偵明智小五郎(あけちこごろう)の少女助手、花崎(はなざき)マユミさんは、中学一年のかわいらしい少女ふたりと手をとりあって、さびしい原っぱを歩いていました。
 畑があったり、林があったり、青い草でふちどられた小川がながれていたり、その上にむかしふうの土橋(どばし)がかかっていたりして、まるで、いなかのようなけしきですが、ここは、いなかではなく、東京都世田谷(せたがや)区のはずれなのです。
 マユミさんにつれられているふたりの少女は、淡谷(あわや)スミ子と森下(もりした)トシ子という、おなじ中学の同級生で、淡谷さんのおうちがこの近くにあるので、きょうはマユミねえさまと森下トシ子ちゃんをおまねきして、三人で、この原っぱへさんぽに出たのです。
 スミ子ちゃんもトシ子ちゃんも算数がとくいで、ものごとを、すじみちをたてて考えることがすきでした。
 ですから、読みものとしては、探偵小説がすきなのです。悪人が、いろいろなトリックをつかってだまそうとするのを、知恵の力でみやぶるのが、おもしろくてたまらないのでした。
 それに、スミ子ちゃんもトシ子ちゃんも、スポーツがとくいで、同級の男の子たちにも負けないくらい、かっぱつな少女でしたから、どうかして、マユミさんのような、少女探偵になりたいと思ったのです。
 さいわい森下トシ子ちゃんのおねえさまが、マユミさんのお友だちを知っていましたので、そのおねえさまに紹介してもらって、なかよしの淡谷スミ子ちゃんといっしょにマユミさんをたずね、弟子にしてくださいと、もうしこんだのです。
「まあ、あなたがた、ゆうかんね。中学一年じゃ、まだはやいわ。それに、おとうさまやおかあさまが、おゆるしにならないでしょう?」
「いいえ、うちのおとうさまは、明智探偵のファンなのよ。その明智探偵の弟子のマユミさんの、またその弟子になるのですから、おとうさま、きっとゆるしてくださるわ。」
 森下トシ子ちゃんがいいますと、淡谷スミ子ちゃんも口をそろえて、
「うちでは、ずっとまえに、宝石やお金がたびたびなくなることがあって、泥坊はうちのものかもしれないというので、警察にいわないで、明智先生に相談したことがあるんです。すると、明智先生がうちへいらしって、みんなをしらべて、すぐに犯人を見つけてくださったのよ。
 うちのじいやに悪いむすこがあって、その人がぬすんでいたのです。じいやが、むすこをかばって、かくしていたので分からなかったの。
 明智先生は、そのじいやのむすこによくいいきかせて、改心させてしまいなすったのよ。ですから、うちのおとうさまも、明智先生の大ファンなの、きっとゆるしてくださるわ。」
 ふたりとも、一生けんめいにたのむものですから、マユミさんもこんまけして、明智探偵に相談したうえ、とうとうお弟子にすることを、しょうちしました。
 しかし、それには、約束があったのです。学校の時間中は、けっして探偵のことを考えないこと、宿題をなまけないこと、あぶない事件や夜の事件には、つれていかないこと、そのほか、おとうさまやおかあさまを心配させないような、いろいろな約束をきめたのでした。
 ふたりが、マユミさんのお弟子になってから、まだなにも事件がおこりません。ときどき、明智探偵事務所へマユミさんをたずねて、てがかりのみつけかたや、ふしぎな事件のなぞのときかたや、あぶないめにあったときに、身をまもる心がけなどをおそわっていました。
 たびたび探偵事務所へいくので、明智探偵や小林少年ともしたしくなり、明智先生から、知恵のはたらかせかたのおもしろいお話を聞かせてもらうこともありました。あんなにあこがれていた、明智先生や小林少年とお友だちみたいに話ができるので、ふたりはもううれしくて夢中なのです。
 淡谷スミ子ちゃんと森下トシ子ちゃんが、いま、マユミさんといっしょに、この原っぱをさんぽしているのは、そういうあいだがらになっていたからです。
「もうじき、日がくれるわね。帰りましょうか。」
 マユミさんがいいますと、淡谷スミ子ちゃんは、
「ええ、でも、もうすこし。マユミねえさま、あの林のむこうに、へんなうちがあるのよ。それを見て帰りましょうよ。ほら、ここからも見えるわ。ね、塔みたいな屋根が見えるでしょう。」
 スミ子ちゃんが指さすほうをながめますと、林の木の上から、ふるい西洋の写真にあるような、スレートぶきの、とんがり帽子のような屋根が、空にそびえていました。
「まあ、古城の塔みたいね。こんなさびしいところに、どうして、あんなたてものがあるのでしょう。」
 マユミさんが、ふしぎそうにいいました。
「おとうさまから聞いたのよ。むかし、丸伝(まるでん)という、日本一の大きな時計屋さんがあったんですって。その時計屋さんが、こんなさびしいところへじぶんのうちをたてて、屋根の上に時計塔をつくったんですって。
 いまは、だれも住んでいないあき家なのよ。このへんの人は、時計やしきとか、お化けやしきとかいって、こわがっているんです。でも、お化けなんているはずがないわね。あたし、ちっともこわくないわ。」
 スミ子ちゃんは、スポーツのすきな少女らしく、ほがらかに笑ってみせるのでした。
 そんなことを話しながら歩いているうちに、三人は、いつのまにか、林の中にはいっていました。その林のむこうに、時計やしきがあるのです。
 林の木のあいだから、赤れんがのふるいたてものが、ちらちらと見えてきました。
 林をぬけ出ると、草のぼうぼうとのびた原っぱのまん中に、その時計やしきが、怪物のようにたっていました。きみょうなたてものです。ぜんたいが赤れんがで、二階だての西洋館ですが、その二階の屋根の上に、大きな時計塔が、そびえているのです。
「まあ、大きな時計ね。高いから小さく見えるけれど、あの文字ばんは、直径五、六メートルもあるわね。針はもう動いていないのでしょう。ちょうど三時をさしているわ。この針がとまったのは、昼間の三時でしょうか、夜中の三時でしょうか。」
 マユミさんは、すこし青ざめた顔をして、きみわるそうにいいました。
 よく見ると、そのたてものの赤れんがは、ほうぼうがかけていて、きずだらけです。そして、いちめんに、青いこけがはえています。
 丸伝という時計屋さんは、よほどかわった人だったとみえて、じつにふしぎなたてものです。すみのほうに、れんがの円塔がくっついていたり、たてものぜんたいがでこぼこで、屋根も、いくえにもかさなりあっていて、むかしの西洋のお城みたいな感じです。
 窓はみんな小さくて、部屋の中は、昼間でも、うす暗いにちがいありません。
 あき家だというけれど、なにかへんなものが住んでいて、いまにも、あの小さな窓から、ひょいと顔を出すのではないかと思うと、いよいよきみがわるくなってきます。
「もう、帰りましょうよ。日がくれるわ。ごらんなさい、むこうの空が、まっ赤に夕やけしてる。まあ、きれい。」
 マユミさんは、うしろをふりかえって、林のむこうの空をながめました。
 西の空は、いちめんの血のような色にそまっていました。それが、前の時計やしきに反射して、赤れんがのたてものが、まるでよっぱらいの顔のように、きみわるく見えるのでした。
 そのとき、森下トシ子ちゃんが、なにを見たのか、ギョッとするような声をたてました。
「アラッ! ごらんなさい。あそこ。時計塔の屋根の上よ。ほら、なんだか動いている……。」
 夕やけをうけて、大時計の文字ばんも、うす赤くかがやいていました。その上にそそりたつとんがり帽子みたいな屋根のてっぺんの避雷針(ひらいしん)の鉄の柱のねもとに、なにものかが、うごめいているのです。
「アラッ! 人間だわ。どうして、あんな高いところへのぼったのでしょう。」
「でも、まっ黒な羽根のようなものが、ひらひらしてるわ。人間かしら? なんだか大きなこうもりみたいよ。」
 スミ子ちゃんとトシ子ちゃんは、口々にそんなことをいって、じっと、塔のてっぺんを見つめていました。
 そのあやしいものは、避雷針の鉄の柱をつかんで、とんがり屋根をはいあがり、やがて、そのてっぺんに、スックと、たちあがりました。
 巨大なこうもりです。いや、こうもりのような人間です。まっ黒なシャツをきて、はばのひろい黒マントをはおっています。片手で鉄の柱をにぎり、片手をあげて、そのマントをひらひらさせているのです。まるで、巨大なこうもりが、はばたいているように見えます。
 遠いので、顔はよくわかりませんが、きつねの目のようにつりあがった黒めがねを、かけています。鼻の下には、黒い口ひげが、ぴんとはねているようです。そして、あたまには、黒いふさふさした髪の毛のあいだから、白い(つの)が二本、ニョキッとはえているではありませんか……。
 角のあるこうもり男です。あの古い古い赤れんがのたてものの中には、こんな恐ろしいこうもり男が、住んでいるのでしょうか。
 三人とも、しっかりした少女ですが、でも、時計塔の上で、はばたいている、いようなこうもり男を見ると、心のそこから、ゾウッとしないではいられませんでした。
「はやく帰りましょう。あんなもの、見ちゃいけないわ。ね、はやく帰りましょうよ。」
 マユミさんが、ふるえ声で、ふたりをうながしました。むろん、スミ子ちゃんもトシ子ちゃんも、こんなきみのわるいところにいる気はありません。
「帰りましょう。」
「帰りましょう。」
 そして、三人は、いそぎ足に、うしろの林の中へひきかえすのでした。
 そのとき、はるかうしろの空から、
「け、け、け、け……。」
 怪鳥(かいちょう)のなき声のようなものが、かすかに聞こえてきました。こうもり男が、少女たちを、あざ笑っていたのです。
「ワアッ、こわいッ……。」
 森下トシ子ちゃんが、もう、がまんができなくなって、ひめいをあげました。そして三人は、なにか恐ろしいものに追っかけられてでもいるように、いちもくさんに走りだすのでした。


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12/01 07:06