鉄の怪人
「どうだね、おどろいたろう。こんな、人間とそっくりのロボットなんて、世界のどこをさがしたって、いやあしないよ。わしは、これを発明するのに、五十年もかかったのだからなあ。」
おじいさんは、鼻を動かして、じまんするのでした。
北見君は、ほんとうにおどろいてしまいました。
そして、このしらがのおじいさんが、なんだか、神様のように、えらく見えてくるのでした。
「鉄人Qは、歩いたり、ものをいったりするほかに、何ができるのですか?」
「なんでもできるよ。こいつは、知恵があるのだ。ものを考える力があるのだ。字も書けるし、本も読めるし、算数だって、きみよりうまいかもしれないよ。」
「へえ! 算数ができるの? ほんとう?」
「ほんとうとも。じゃあ、ひとつ、きみと計算の競争をやらせてみようか。掛算だよ。ここに紙と鉛筆があるから、きみもやってごらん。」
おじいさんは、こういって、そばの机の上に、紙と鉛筆をおきました。紙は一枚しかありません。鉄人Qには、紙をやらないのかと、北見君がふしぎそうに、おじいさんの顔を見ます。おじいさんは、にっこりわらって、
「Qは、紙も鉛筆もいらないのだよ。頭の中で計算するのだ。紙や鉛筆がなけりゃ、計算できないなんて、人間の方が、よっぽど不便だね。」
それから、北見君が、鉛筆を持つのを待って、おじいさんは、問題を出しました。
「いいかい。Qもよく聞いているんだよ。五二七六、五千二百七十六に、三八、三十八をかける。さあ、はじめっ! どちらが早く、正しい答えを出すか、競争だよ。」
その声がおわるかおわらないうちに鉄人Qの赤いくちびるが、パクパクと動いて、あの電話のような声がひびきました。
「二、〇、〇、四、八、八……。」
「よろしい。北見君はどうだね。まだ、できないのかね。」
「うん、ちょっと待って。」
北見君は、紙に数字を書いて、いっしょうけんめいに計算しました。そして、やっとできました。
「ええと、二十万四百八十八です。」
「よろしい。ふたりとも正しい答えだ。しかし、北見君は、Qよりも、一分もおくれたね。だから、Qの勝ちだよ。ハハハ……。どうだね、わしの発明した鉄人Qの頭は、すばらしいだろう。」
北見君は、いよいよ、おどろいてしまいました。そして、この鉄でできた怪物が、おそろしくなってきました。
「これは、ほんの小手しらべだよ。まだまだおどろくことがある。さあ、何をやらせようかな。うん、そうだ。将棋をさすことにしよう。Qは将棋がうまいのだよ。いつも、わしが相手になって、さすのだが、負けたり勝ったりだ。じゃあ、見ててごらん。」
おじいさんは、部屋のすみから、将棋ばんを持ちだしてきて、鉄人Qの前におき、それをはさんで、Qもいすにかけさせ、自分も、こちらがわのいすにこしかけました。
「Qはね、将棋が大好きなんだよ。わしに勝つと大よろこびで、笑いだすが、負けると、とてもふきげんになる。こわい顔をして、わしをにらみつけ、ものをいわなくなってしまう。きょうは、どちらが勝つかな。Q、しっかりやるんだよ。」
おじいさんは、Qの方の将棋のこまも、ならべてやって、
「さあ、きょうは、おまえが先手(先にこまをうごかす)だ。このまえ、わしに二度も負けているんだからね。」
そして、人間と機械との、ふしぎな勝負がはじまるのでした。
北見君は、将棋ばんのわきに立って、このきみょうな勝負を見ていました。
北見君も、将棋のこまの動かし方ぐらいは知っていたのです。
はじめのうちは、おじいさんも、何かじょうだんをいいながら、のんびりと、こまを動かしていましたが、勝負が進むにつれて、口をきかなくなり、こわい顔で、ばんをにらみつけ、ただこまを打つ音だけが、ぴしりっぴしりっと、うすぐらい部屋に、ひびきわたるのでした。
鉄人Qの方も、なんだか、ひどくしんけんな顔になっていました。鉄のからだを少しねこぜにして、じっと将棋ばんを見つめているようすは、いかにも生きているようで、なんともいえないおそろしさです。北見君はいよいよ、きみが悪くなってきました。
ふと、うしろの窓を見ると、外はもう夕ぐれどきで、うすぐらくなっていました。それに、風が吹きだしたらしく、大きな木が、はげしくゆれているのが見えます。
もう、おうちへ帰りたくなりました。しかし、このふしぎな勝負も見とどけたいのです。
いったい、どちらが勝つのでしょう。鉄でできた人形に、どうして、こんなにうまく将棋がさせるのでしょう。
北見君は、小学校の友だちと将棋をさしたことはありますが、まだ、おとなとさすことなんか、とてもできません。将棋というものは、それほどむずかしいのです。そのむずかしい将棋を、鉄人Qは、やすやすとさしているではありませんか。鉄人の頭は、いったいどんなふうに、できているのでしょうか。どうして、これほどの知恵があるのでしょうか。
北見君は、ふしぎでならないので、きみの悪いのもわすれて、将棋ばんを、のぞいていました。何かの魔力にひきつけられたように、おうちへ帰ることができないのです。
ヒュウウッ……という音が、聞こえました。風の音です。あらしがやってくるのでしょう。
窓の外は、いよいようすぐらくなっていました。大きな木が、いまにも倒れそうに、吹きつけられているのが見えます。そして、この古い西洋館ぜんたいが、いやなきしみ音をたてて、ゆらゆらとゆれているのです。
部屋の中は、もうまっくらで、将棋のこまも見わけられないほどですが、おじいさんは、電気をつけることもわすれて夢中になってさしています。
なんだか、おじいさんの方が、はたいろがいいようです。おじいさんはてきのこまをたくさん取って、ばんの横にならべています。
Qの方には、小さなこまが、二つおいてあるだけです。
ばんの上でも、Qの王様は、まん中へんに追いつめられて、いまにも、討ち死にしそうに見えるのです。
えのぐをぬったQの顔が、おそろしく青ざめていました。そして、プラスチックの目が、まっかに血ばしっているのです。
ぴしりっ。おじいさんが、こまを打ちました。すると、鉄人の肩が、がくんとゆれて、
「ウウウウ……。」
といううなり声が、聞こえました。いよいよ、負けそうになってきたのでしょう。
ぴしりっ! また、おじいさんが、打ちました。
「王手!」
と、おしつけるような声で、叫びました。
「ウウウウ……。」
鉄人のうなり声は、だんだん、はげしくなってきます。
また、ぴしりっ、そして、
「王手!」
鉄人のからだが、がくんと、くずれました。いよいよ、勝負がついたのです。
すると、ああ、これはどうしたというのでしょう。おじいさんの目が、とびだすほど見開かれ、前にいるQの顔を、まるで、おばけでも見るように、見つめているではありませんか。
北見君は、ハッとして、Qの方を見ました。
Qは、いすから、腰を浮かして、立ちあがりそうにしていました。両方の手の、大きなにぎりこぶしが、頭の上にふりあげられていました。そして、
「ウウウウ……。」
といううなり声とともにQの鉄のからだぜんたいが、グーッと、おじいさんの上に、倒れかかっていったのです。
おじいさんは、下じきになって、必死にもがいています。
あらしは、ますますはげしくなり、西洋館が、舟のようにゆれていました。ヒュウッ、ヒュウッという風の音。どこかで、バタンと、窓の開く音。そして、ピカッと、部屋の中がまひるのように明るくなり、しばらくして、おそろしい、かみなりの音が、おどろおどろと聞こえてきました。
ロボットの鉄人Qは、からだぜんたいが鉄でできているのですから、それに上からおさえつけられたおじいさんは、どうすることもできません。
「たすけてくれえ……。」
と、叫びながら、手足をばたばたやっているばかりです。
北見少年は、おじいさんをたすけようとしましたが、とてもかなうものではありません。人間とそっくりの顔をしたQに、じろっとにらみつけられると、ゾーッとして、やにわに、西洋館から、逃げだしてしまいました。
外は、日がくれて、もうまっくらです。それに、おそろしいあらしで、たきのような雨が、横なぐりに、吹きつけてきます。いまにも、吹き倒されそうです。
北見君は、その中を、むがむちゅうで走りました。
ときどき、ピカッと、いなびかりがして、あたりがまひるのように明るくなります。そして、ごろごろごろごろ……と、おそろしいかみなりの音。
どこを、どう走ったのか、少しもおぼえがありませんが、ふと気がつくと、目の前で、ピカッと光ったものがあります。いなびかりではありません。懐中電灯の光のようです。
「おい、おい、きみ、どこへ行くんだ。雨でびしょぬれじゃないか。」
よく見ると、そこに立っているのはおまわりさんでした。すぐそばに、交番があります。北見君が、雨にぬれて走っているので、ふしんに思って、出てきたのでしょう。
北見君は、いいところで、おまわりさんに会ったと思い、いままでのことを、すっかり話しました。
「おじいさんが、殺されてしまうかもしれません。早く、行ってみてください!」
「よし、行ってみよう。ちょっと待ちたまえ。パトロールカーも呼んでおくから。」
おまわりさんは、そういって、交番に引きかえすと、そこにいた、もうひとりのおまわりさんに、何かいっておいて、すぐにもどってきました。
おまわりさんと、北見君とが、西洋館にかけつけ、あの部屋にはいってみますと、そこには、おじいさんが、ただひとり、いすにかけて、グッタリしていました。
「鉄人Qは、どこへ行ったんです?」
北見君が、あわただしく聞きますと、おじいさんは、
「どこかへ逃げてしまった。わしは、もう少しで、しめ殺されるところだった。だが、やっとたすかった。あいつはおそろしいやつだ。わしが作ったロボットだが、もう、わしのいうことをきかなくなった。あいつを自由にしておいてはあぶない。なにしろ鉄の人間だから、ばか力がある。それにピストルのたまが当たったぐらい、へいきだからね。どんなおそろしいことをやりだすか、知れたものじゃない。警官、あいつをつかまえてください。でないと……。」
おじいさんは、おびえた声で、きれぎれに、そんなことをいうのでした。
「そのロボットは、電池かなんかで、動くのですか? そんなら、電池が切れたら、何もできなくなるでしょう?」
おまわりさんがききますと、おじいさんは、かぶりをふって、
「いや、電気ではありません。わしが発明した、とくべつの力で動くのです。その力は、切れるということがないのです。だから、あいつは生きた人間と同じことです。しかも、良心を持たない鉄人ですから、どんな悪いことだってやります。どうか、あいつをつかまえてください。でないと、いまにおそろしいことがおこります。」
それから、大さわぎになりました。警視庁にも知らせ、東京じゅうに非常線をはりましたが、その夜はもちろん、あくる日になっても、二日たち、三日たっても、鉄人Qの姿は、どこにも発見されないのでした。