ミドリちゃん
村田ミドリちゃんは、まだ幼稚園に行っている、かわいい少女でした。
ミドリちゃんのおうちは、上野公園の不忍池の近くにありました。
ある夕方のことです。おうちのそばのひろっぱで、たったひとりで砂遊びをしていますと、ひとりの、背広を着た男の人が、近づいてきました。
その人は、ミドリちゃんのそばにしゃがむと、にこにこして、声をかけました。
「いい子ですね。いくつですか?」
「五つ。」
ミドリちゃんは、かわいい顔を上げて、むじゃきに答えました。
「名前は、なんというのですか。」
「村田ミドリよ。」
「ミドリですか。いい名ですね。」
その男の人の声は、なんだかレコードから聞こえてくるような、へんな声でした。しゃべり方もみょうにたどたどしいのです。ミドリちゃんは、小さいので、そこまで考えませんでしたが、この人は外国人かもしれません。そういえば、顔も白っぽくて、鼻が高く、からだもたいへん大きいのです。
「わたしが、家を作りましょう。」
レコードのような声でいって、その人は手で砂をかきあつめ、西洋館のような形を作りました。ミドリちゃんは、よろこんで、それを見ています。
「ミ、ド、リ、ちゃん……。」
向こうの方から、呼んでいる声が聞こえ、ぱたぱたと、靴音をたてて、ひとりの少年が近づいてきました。
「ミドリちゃん、もうおうちへお帰りって。おにいさんと、いっしょにいこう。」
それは、小学校四年生の村田幸一君という、ミドリちゃんのおにいさんでした。
「まだ帰らないわ。このおじちゃんと遊んでるのよ。」
ミドリちゃんが、おにいさんをじゃまにするような顔で、答えました。男の人が作ってくれた、砂のおうちがよっぽど気にいったのでしょう。
幸一くんは、前にまわって、そこにしゃがんでいる男の顔を見ました。
なんだかへんな男です。からだのかっこうが、みょうに角ばっていますし、顔がおしろいでもぬったように白っぽくてくちびるは女のようにまっかです。
幸一君は、ふしんに思って、たずねてみました。
「おじさん、だれなの?」
「わたし、人間です。あなた、ミドリさんのにいさんですか。」
男が、レコードのような声で、聞きかえしました。「人間です。」なんて、じつにふしぎないい方です。それに、声も、人間ののどから出る声とは、ちがっているのです。
幸一君は、きみが悪くなってきました。
しばらく、その男のお面のような顔を、見つめていましたが、すると、はっと、あることを思いだしました。
鉄人Qというロボットが、ゆくえ不明になったという新聞記事です。それは学校でも評判になっていたので、よく知っていました。
「ひょっとしたら、こいつが、その鉄人Qじゃないかしら?」
そう思うと、幸一君は頭から水をあびたように、ゾーッとしました。
男の方でも、幸一君が、まっさおになって、こわい目で見つめているのに気がついたようです。
男は、まるで、のら犬が道で出会った人を見るときのような、うたがわしそうな目で、幸一君を見ました。
「ミドリちゃん、さあ帰ろう。」
幸一君は、思いきって、ミドリちゃんの手をとりました。すると、男はびっくりしたように、いきなり、ミドリちゃんをだきすくめ、こわい目で幸一君をにらみつけたのです。
幸一君は、男の手をほどこうとして、かかっていきましたが、その手は、鉄のようにかたくて、子どもの力では、どうすることもできません。
幸一君は、ものもいわず、いきなり、おうちの方へかけだしました。助けをよぶためです。それを見た男はミドリちゃんを横だきにして、すっくと、立ちあがり、いきなり、上野公園の方へ、かけだしていきました。
そこは、さびしいひろっぱで、助けをもとめる人もいませんので、幸一君はおうちへかけもどって、おとうさんに、そのことを知らせました。
それから、大さわぎになったのです。
おとうさんは、すぐに一一〇番に電話をかけましたので、まもなくパトロールカーが、いく台もやってきました。そのうえ、近くの警察からも、大ぜいのおまわりさんがかけつけて、鉄人の逃げた方角をさがしまわりましたが、どこへ行ったのか、かげもかたちもありません。
まえまえから、鉄人Qを見つけたら、すぐにつかまえるようにと、東京じゅうの交番に知らせてありますから、どこへ逃げても見つかるはずでしたが、ふしぎなことに、いつまでたっても手がかりがつかめないのでした。