五重の塔
男は、ぐんぐん、奥へはいっていって、動物園のてまえを、左の方へ曲がりました。そこには、東照宮があって、五重の塔が、黒い怪物のようにそびえています。
鳥井少年は、相手に気づかれぬように、どこまでもあとをつけました。
そのへんは、ほんとうの森のようにいっぱい木が茂っているので、あとをつけるのには、わけはありません。
あやしい男は、だんだん五重の塔の方へ、近づいていきました。そして塔のそばまで来ると、その向こうがわへ曲がったので、男の姿は、見えなくなりました。
鳥井少年は、すぐにそこへ行っては、相手が、待ちぶせしているかもしれないと思ったので、しばらく待ってから、男の曲がったかどまで行って、塔の向こうがわを、のぞいてみました。
おやっ? どうしたのでしょう、男はどこかへ、かくれてしまいました。
くらやみですから、遠くまではわかりませんが、見わたすかぎり動いているものは、何もないのです。
鳥井君が、ためらっていたのは、ちょっとのあいだです。遠くまで行くはずはありません。
「おかしいな、どこへ、かくれたんだろう。」
鳥井君は、キョロキョロしながら、その辺を歩きまわってみました。暗いといっても、ところどころに街灯がたっているのですから、相手が、歩いていれば、わからないはずはありません。
あの男は、鳥井君に、つけられているのを知って、木のしげみの中へ、かくれたのでしょうか。
鳥井君は、こちらも木の幹のかげにしゃがんで、いまに出てくるかと、じっと待っていましたが、いつまでたっても動くものはありません。
そのとき、シーンと、静まりかえったやみの中から、
「ギャーッ。」
という声が、聞こえてきました。
鳥井君は、びっくりして、逃げだしそうになりましたが、よく考えてみると、それは近くの動物園で、鳥の鳴いた声だったのです。
ふと、目を上にむけると、くもった空に、五重の塔の、まっ黒なかげが、そびえています。とほうもなく大きな怪物が、つったっているようです。
鳥井君は、ゾーッと、こわくなってきました。
すぐ、向こうのしげみが、カサカサと音をたてて、動きました。風ではありません。なにかいるのです。
鳥井君は、はっとして、身動きもできなくなりました。
カサカサと、木の葉が動きつづけて、ヌーッと、黒いものが、あらわれてきました。二つのリンのような目が、光っています。
それは、一匹ののら犬でした。
「なあんだ。犬だったのか。」
鳥井君は、やっと、安心しましたが、もう、いっときも、こんなさびしいところにいる気はしません。そのまま、うしろも見ないで、かけだしました。
ふりむくのがこわいのです。ふりむいたら、あのおそろしい鉄の怪物が、すぐあとから、追っかけてくるように、思われたからです。