ゆれる部屋
「おじちゃん、帰ってきたの?」
まっくらな中から、かわいらしい女の子の声が聞こえました。
「はい、あなたの食べるもの、買ってきた。腹がへったでしょう。」
男の声が聞こえました。なんだか、電話の受話器から、聞こえてくるような、へんな声です。
「わたし、暗くても見えるけれど、あなた、見えないでしょう。手で、さぐりなさい。さあ、これパン、これ牛肉、これジュースです。」
牛肉のかんづめは、ふたがあけてありました。ジュースも、口金がとってありました。
「あら、パンね、牛肉ね。それから、ジュースのびんね。うれしい。あたし死ぬほど、おなかが、すいてるのよ。」
くらやみの中で、手づかみで、パンや、牛肉を、ムシャムシャ食べる音、びんの口から、ジュースをのむ音が、しばらくつづきました。
「おいしいですか。」
「おいしいわ。」
「ミドリちゃんは、おじさんが好きですか。」
「ええ、好きだわ。でも、パパもママも、おにいさまも好きだわ。どうして、こんな暗いところにいるの? おうちへ帰りたいわ。」
「もう、じきに帰れます。ここにいると、パパがくるのです。それまでおじさんとふたりでいるのです。」
「ほんとに、パパくるの?」
「ええ、ほんとです。」
そして、しばらくだまっていたあとで、また電話のような声が、聞こえました。
「ミドリちゃん、さびしいですか。」
「ううん、さびしくないわ。おじちゃんがいるんだもの。」
「わたしも、ミドリちゃんがいるからさびしくない。おじさんは、ひとりも友だちがなくて、さびしいから、ミドリちゃんを連れてきたのです。友だちになってくださいね。ね、ね。」
「ええ、なってあげるわ。でも、暗いわね。顔が見えないわね。電気つかないの?」
「ここは電気つきません。朝になったら、明るくなります。ミドリちゃん、つかれたでしょう。そこに、ワラがたくさんあるから、その上で、ねなさい。わたし、番をしてあげるから、安心してねなさい。」
読者のみなさん!
もう、おわかりでしょう?
これは、どこかの、まっくらな部屋で、鉄人Qと、ミドリちゃんとが、話をしているのです。
ミドリちゃんは、まだ小さいので、鉄人Qを、うたがいません。おそろしい怪物だということがわからないのです。
ふしぎなことに、鉄人Qは、ミドリちゃんをだいじにしています。あぶない思いをして、パンや牛肉やジュースを買ってきたのも、ミドリちゃんをかわいがっているしょうこです。
それにしても、このまっくらな部屋は、いったい、どこなのでしょう。
部屋ぜんたいが、かすかにゆれているようです。舟の中なのでしょうか。いや、舟なら、もっと動くはずです。汽車や飛行機の中でもありません。それなら、こんなに暗くはないはずですし、もっと音がするでしょう。