塔上の怪
そのあくる日のことです。山形屋の店で働いていた鳥井少年は、とつぜん、みょうなひとりごとをつぶやきました。
「あっ、そうだっ。そうにちがいない。どうしてそこに気がつかなかったんだろう。」
鳥井君は、あわてて主人のところへ行って、おゆるしを受けると、そのまま、店の外へかけだしました。行くさきは、近くの交番でした。交番には顔見知りのおまわりさんが、いましたので、いきなり、はいっていって、ゆうべ、鉄人Qのあとをつけたことを話しました。そして、それにつづけて、
「ぼく、いままで、そこへ気がつかなかったのですが、さっき、それがわかりました。あいつは、ゆうべ五重の塔の中へはいったのです。まさか、五重の塔にかくれるなんて考えてもみなかったので、ぼくは、その近所ばかりさがしましたが、塔の中へかくれなかったとすると、あんなに早く、姿をけせるものではありません。あいつは、塔の中のまっくらな部屋にミドリちゃんとふたりで、かくれているのです。ぼくの店から、買っていった食料は、ミドリちゃんに食べさせるのでしょう。このことを、本署に早く知らせてください。そして五重の塔の中をしらべてください。」
交番のおまわりさんは、それを聞くと、おどろいて、すぐ本署へ電話をかけましたので、本署から警視庁にも連絡され、パトロールカーが三台もかけつけるという、さわぎになりました。
しかし、あまりさわぎたてて、相手に、気づかれてはいけないというので、本署の捜査主任が、刑事をふたりだけつけて、五重の塔に近づき一階のとびらをしらべましたが、そこにつけてあったかぎが、ねじきられていることがわかりました。
そっととびらを開いてみると、床のほこりの上に、大きな足あとがみだれて、たしかに、人がではいりしたようすがあります。
捜査主任は、ふたりの刑事に目くばせすると、塔の中にはいり、そっと階段をのぼっていきました。刑事たちもそのあとにつづきました。
五重の塔の五階の、うすぐらい部屋の中に、鉄人Qとミドリちゃんが、向かいあってすわっていました。
やっぱり、ふたりは、塔の中にかくれていたのです。鉄人Qは、ミドリちゃんをさらって、ここへ連れてきたのですが、ミドリちゃんの食べるものを買ってきたり、ねごこちよくするために、毛布を買ってきたり、それはそれは、しんせつにしてくれるので、ミドリちゃんもすっかり、鉄人Qになついてしまっているのでした。
ふと、気がつくと、塔の下の方が、なんとなく、さわがしくなっていました。鉄人Qは、窓のところへ立っていって、こうし戸のすきまから下をのぞいて見ました。
すると、これはどうでしょう。塔のまわりは、おまわりさんと、大ぜいの見物人に、とりまかれているではありませんか。
白いパトロールカーが三台もきています。ふつうの自動車も、たくさんとまっていて、それには、警察のえらい人が、乗っているようすです。
そこから、三人の背広の人が、塔の方へ歩いてくるのが見えます。刑事のようです。
三人は、塔の一階のとびらをあけて、中にはいりました。
鉄人Qは、窓のすきまから、そこまで見ると、ひどくあわてたようすで、階段のおり口へ行って、じっと下をのぞきました。
耳をすましていますと、はるか下の方から、コトン……コトン……と階段をのぼってくる音が聞こえます。さっきの三人が鉄人Qをつかまえるために、のぼってくるのです。
二階への階段をのぼりきって、三階にかかりました。用心ぶかく、しずかにのぼってきます。
三階から四階へ……足音は、だんだん大きくなり、三人の息づかいさえ聞こえてくるようです。
鉄人Qは、ひどくうろたえて、ミドリちゃんのそばへもどってきました。
「どうしたの。だれか上がってくるの?」
ミドリちゃんが、むじゃきにたずねました。
「おそろしいやつがくるのです。逃げなければならない。」
鉄人Qはそういって、きょろきょろあたりを見まわしていましたが、部屋のすみにまるめてあった、あさなわをとって、ミドリちゃんのわきの下にまわし、
「さあ、わたしにおぶさるのです。しっかりつかまっているのですよ。」
といって、ミドリちゃんをせおい、あさなわを自分の肩から胸にまわして、しっかり結んでしまいました。
そして、もう一本の長いあさなわを持つと、いきなり、窓のこうし戸をひらいて、五階のまわりをかこんでいる、細い廊下へ出ました。
もう夕方で、あたりはうすぐらくなっていましたが、塔の五階に鉄人Qが、ミドリちゃんをおぶって立ちあらわれたのは、まだよく見えます。
それを見ると、塔をかこんでいる大ぜいの人びとの間から、
「ワーッ……。」
という、ざわめきがおこりました。
「あっ、女の子をおぶっている。どうするつもりだろう。あそこから、とびおりるんじゃないかしら。そんなことをしたら、女の子は死んでしまうじゃないか。」
人びとは、手に汗をにぎって塔の五階を見つめるばかりでした。
鉄人Qは、手にもっている、あさなわを輪にして、それを塔の屋根のすみの出っぱったところへひっかけようとしています。
なんども、そのあさなわの輪を、ほうりあげていましたが、やっと、屋根の出っぱりにひっかかりました。
鉄人Qは、それをぐっとひきしめ、二―三度ぶらさがるようにして、あさなわの力をためしていましたが、やがて、だいじょうぶと思ったのか、ミドリちゃんをおぶったまま、あさなわをにぎって、廊下の外にとびだし、宙にぶらさがりました。
ちょうどそのとき、下から上がってきた捜査主任とふたりの刑事が、五階の窓から顔を出しましたが、もう、どうすることもできません。
屋根の出っぱりは、五階の廊下よりも、一メートルも外にあるので、そこから、ぶらさがっているあさなわには、廊下からは、手がとどかないのです。
それに、鉄人Qはミドリちゃんをおぶっているのですから、へたなことをやって、下へ落としては、たいへんです。
捜査主任たち三人は、あさなわにつかまって、ブランブラン、ゆれている鉄人Qを目で追うばかりで、どうすることもできません。
下からは、
「ワーッ……。」
という、どよめきが聞こえてきます。
命がけの空中サーカスを見ているような気持です。
「ミドリちゃん、目をつぶってしっかり、おじさんの肩につかまっているんだよ。いまに、らくになるからね。すこしのしんぼうだよ。」
鉄人Qはそういって、ミドリちゃんを元気づけながら、両手であさなわをたぐり、じりじりと塔の屋根の方へ、のぼっていくのです。
ミドリちゃんは、しっかりと鉄人Qの背中に、しがみついていましたが、ブランブランと、ぶらんこのようにゆれるので、なんだか心細くなり、そっと目を開いて下を見ました。
ああっ、その高さ! ミドリちゃんはゾーッとして、目がくらんでしまいました。
塔の高さは、二十メートルもあるでしょうか。四階までの屋根が、かさなりあって、ずうっと下までつづいています。あさなわはその屋根の外へ、ブランブランと、ゆれているのです。
塔のまわりをかこんでいる大ぜいの人が、おもちゃのように小さく見えます。
そして、その地面が、ななめになって、サアッと近づいたり、遠ざかったりするのです。
ミドリちゃんをおぶった鉄人Qは、あさなわをつたって塔のてっぺんの屋根にのぼりつこうとしているのですが、そこへのぼって、いったいどうするつもりなのでしょう。
ミドリちゃんが心配です。あの高い屋根から落ちるのではないかと思うと、下で見ている人たちは手に汗をにぎり、胸がドキドキしてくるのでした。