消えた鉄人
ああ、ごらんなさい。ミドリちゃんをおぶった鉄人Qは、とうとう、屋根の上にのぼりつきました。
警官たちは、こまってしまいました。鉄人Qは、腕におそろしい力がありますので、わけなくのぼりましたが、警官たちには、なかなか、そのまねはできません。また、たとえ、屋根にのぼれたにしても、急な屋根の上で、取っ組み合いをしたら、ミドリちゃんが、屋根から落ちて、死んでしまうかもしれません。
それがおそろしいのです。
どうして鉄人Qをつかまえたらいいかと相談しているうちに時間がたって、だんだん、あたりがくらくなってきました。
もう太陽が沈んだのです。
「消防のはしご自動車を呼ぶほかはないね。あのはしごをのばせば、塔のてっぺんまでとどくだろう。そこへ、だれかがのぼって女の子をたすけるほかはない。」
塔の下で警官隊を指揮していた警部が、そういって部下に消防署へ電話をかけさせました。
そのはしご自動車がくるまでに、三十分もかかりましたので、上野の森は、まっくらになり、塔の屋根にいる鉄人Qとミドリちゃんの姿は、まったく見えなくなってしまいました。
塔の下には、三台のパトロールカーが来ていて、それぞれ小型のサーチライトを持っていましたが、とても塔の上まで、てらす力はありません。
それに、塔の下から、てらしたのでは、屋根の上は明るくならないのです。
屋根のてっぺんをてらすためには、どこか高いところから、大型のサーチライトを使うほかはありません。
そこで警視庁から、サーチライトを運んで、近くのいちばん高い建物の屋根の上にすえつけることになり、それでまた、三十分以上も時間がたってしまいました。
やがて、サーチライトの強い光が塔のてっぺんをまひるのように、てらしだしました。
塔の下にいては、屋根の上が見えませんので、警官隊も、見物人たちも、遠くから、塔のまわりに、大きな輪を作って屋根の上をみつめました。
おやっ、屋根の上には、なんにもいないではありませんか。
まひるのように、明るくなった塔のてっぺんを、人びとは、四方から見ているのです。
もし、そこに鉄人Qがいれば、たとえ、屋根の上にねそべっていても、見えないはずがないのです。ところが、Qの姿も、ミドリちゃんの姿も夢のように消えているのです。
まさか塔のてっぺんから、とびおりることはできませんから、あのあさなわをつたって、塔の中へもどったのかもしれません。
塔の下におりていた数名の警官が、それっというので塔の中にとびこみ、懐中電灯とピストルをかまえながら、階段をかけあがっていきました。
いっぽう、消防署のはしご自動車は、消防官のひとりが乗っている鉄ばしごをするするとのばしました。
念のため、はしごをてっぺんの屋根までとどかせて、近くからよく屋根の上をしらべるためです。
はしごは、いちばん上の屋根までとどきました。
消防官は、はしごの先から、塔の屋根にとびうつり、その上をぐるっと回ってしらべましたが、何者の姿もありません。
塔の中の階段をかけのぼった警官たちは、五階に達していました。
懐中電灯をてらしながら、先にたってのぼった警官が、何を見たのか、
「あっ。」
といって、棒立ちになってしまいました。
見ると、五階のすみっこに、シャツ一枚になった大男と、小さな女の子とがグッタリとなって、倒れているのです。
大男は、鉄人Qなのでしょう。しかし、どうして、シャツ一枚になって倒れているのか、わけがわかりません。
警官たちは、てんでにピストルをかまえて、じりじりと、大男の方へ近づいていきました。
ピストルのそれだまが、当たったりしては、たいへんですから、まず、女の子をたすけなければなりません。
ひとりの警官が、いそいでそばにより、その女の子をだきあげました。べつに、けがしているようすは、ありません。おそろしさに気を失ったようになっているのでしょう。
警官がだきあげると、女の子は、ワッと泣き声を立ててしがみついてきました。
この女の子が、ミドリちゃんだったことはいうまでもありません。
シャツ一枚になった鉄人Qの方は、向こうにころがったまま、まるで死んだように身動きもしないのです。
三人の警官が、三ぽうから、ピストルをつきつけながら近よっていきました。ひとりが、左手の懐中電灯を、ころがっている男の顔に近づけました。
「あ、これは正木君だぜ。」
「うん、そうだ。正木巡査だ。いったい、どうしたというのだろう。」
警官たちは、あっけにとられて顔を見あわせました。
「おい、どうした。」
ひとりが、大男の肩をつかんで、ゆさぶりました。
すると、大男は、やっと気がついたように目をあけました。
「おい、どうしたんだ。鉄人Qに出会わなかったのか。」
「なんだか、わけがわからない。いきなり、がくんときて、気が遠くなったんだ。うしろからなぐられたらしい。」
正木巡査はくやしそうに頭のうしろをおさえて、いうのでした。
「だれがなぐったんだ。」
「ほかにだれもいるはずがない。あの人造人間のやつにきまっている。鉄の腕で、なぐりやがった。おそろしい力だった。」
「そして、服をぬがされたのか。」
それを聞くと正木巡査は、びっくりして、自分のからだを見まわしました。
「あっ、服がない。あいつが持っていったのかな。」
「きみを、はだかにしたのは、どういう意味かわかるか。」
「うん。それは……、あっ、そうだ。あいつ、巡査にばけて逃げやがったなっ。」
「人造人間にしては、おそろしく悪知恵のあるやつだな。あいつは、でっかいからだをしているから、大男のきみの服が、ちょうどよかったのにちがいない。」
「ウーン、ちくしょうめっ。」
鉄人Qは、警官にばけて、逃げたらしいことがわかりましたので、警官たちは、そのまま、下におりていきました。
ひとりは正木巡査をたすけ、ひとりはミドリちゃんをだいて、塔の外へ、いそぎました。
そこには、ミドリちゃんのおとうさんの村田さんが、幸一君をつれてかけつけていました。
鉄人Qが五重の塔にかくれていることがわかると、すぐに警察から、このことを村田さんに知らせたからです。ミドリちゃんをだいた警官は、村田さんのそばに走りよって、
「お子さんは、ぶじでした。さあ、受けとってください。」
と、ミドリちゃんをわたしました。
おとうさんにだかれたミドリちゃんは、また、ワッと泣きだしました。
「おお、よかったね。こわかったろう。よしよし、もうけっしてこんなめにあわせないからね。さあ、もうだいじょうぶだよ。ごらん、おにいちゃんも、ここにいるよ。」
村田さんは、かわいいミドリちゃんに、ほおずりしながら、そのぶじをよろこぶのでした。
鉄人Qが巡査にばけて、逃げたときくと、ミドリちゃんのにいさんの小学校四年生の幸一君が警官の前に進み出て、こんなことをいいました。
「ぼく、さっきからずっと、塔の入口を見てたんです。そしたら、いまから二十分ぐらいまえに、入口からでっかいおまわりさんが出てきました。そして、コソコソと、向こうの人ごみの中へはいっていきました。あれがきっと、鉄人Qだったのですよ。」
しかし、もう、いまとなっては、どうすることもできません。鉄人Qは、とうとう、姿をくらましてしまったのです。