歯車の人
ポケット小僧は、小林少年に電話をかけると、すぐに鉄人Qのすみかの西洋館にもどって、門の中のうえこみのかげに、身をひそめました。
鉄人Qが逃げだすといけないので、それを見はるためでした。
それから、三十分もたったころ、西洋館の百メートルほど向こうに、三台のパトロールカーがとまり、中から十人のおまわりさんが近づいてきました。
そのパトロールカーのうしろに二台の自動車がとまり、小林少年のひきいる少年探偵団員とチンピラ隊員、合わせて十人がおりてきました。
ポケット小僧は、それに気づくと、かけだしていって、小林少年と、打ち合わせをしました。
ふたりは、しばらく、なにかささやきあっていましたが、やがて、小林少年が、小声でさしずをしますと、十人の少年たちは、ちりぢりにわかれて、やみの中へ、姿をけしてしまいました。
十人の警官隊は、警視庁の中村警部の指揮で、西洋館の門をはいると、三人は裏手にまわり、残る七人がげんかんに近づきました。
みんなピストルを手にもっています。その七人の警官のうしろに小林少年と、ポケット小僧と、ふたりの少年探偵団員の姿が見えました。この四人は、警官にしたがって、げんかんから、はいっていくつもりなのです。
中村警部が、そのベルを押しました。そして、しばらく待っていますと、げんかんのドアが、中から、スーッとあき、鉄人Qを作ったおじいさんの部下の顔がのぞきました。
「あっ!」
という、おどろきの声。部下のやつはあわてて、ドアをしめようとしましたが、中村警部は左足の靴をすばやく、ドアの中にいれて、しめられないようにしました。
部下のやつは、そのまま、奥の方へ逃げだしていきました。
警官隊と、四人の少年は、それを追って、靴ばきのまま、ドヤドヤと西洋館の中へふみこんでいきました。
中村警部は、ふたりの警官を、げんかんのドアのそばに残しておいて、懐中電灯をつけて、廊下を進んでいきました。
「あっ、二階だっ。二階へ逃げていくぞっ。」
だれかが叫びました。廊下のつきあたりに階段があって、三―四人のものが、そこをかけあがっていく足音がするのです。
警官たちは、懐中電灯をふりてらして、その階段をのぼりました。
悪者たちは、まっくらな二階の廊下を走って、こんどは、三階へのぼっていくのです。
三階にのぼると、つぎは屋根裏部屋への階段です。
「しめたっ。もう、ふくろのネズミだっ。屋根裏への階段は一つしかないんだよ。」
ポケット小僧が、押し殺した声でみんなに知らせました。
「だが、へんだぞ。はじめは、三―四人の足音がしたのに、いまは、たったひとりの足音になってしまったぞ。これから上へのぼるのは、ふたりでたくさんだ。あとのものは、二階と三階をよくしらべなおせっ。」
中村警部は、そういって、ひとりの警官だけをつれて、屋根裏への、急な階段をあがっていきました。
残った警官と少年たちは、三階の部屋部屋を、しらべ、それから二階、一階と、すべての部屋をしらべましたが、どの部屋も、みんなからっぽで、人の姿は見えません。
いったい、どこへかくれてしまったのでしょうか。
そのころ、西洋館の門前には、大ぜいの人だかりができていました。
まだ、九時を過ぎたばかりなので、通りがかりの人や、近所の人たちが、パトロールカーを見て集まってきたのです。
パトロールカーには、小型のサーチライトが、つみこんであります。車の中に残っていた運転がかりの警官が、それをとりだして、西洋館をてらしていました。
パトロールカーは、三台いるのですから、三つのサーチライトがあるわけです。その三つのするどい光が、三階だての西洋館を、明るくてらしだしていました。
「あっ、屋根に出たぞ。鉄人Qだっ。鉄人Qが三階の屋根に現われたぞっ。」
門の前の人だかりの中から、そんな叫び声が聞こえ、人びとの目は、いっせいに、屋根の上をみつめました。
ああ、ごらんなさい。大屋根の中ほどに、小屋根が、つきだしていて、そこのガラスの窓が開かれ、鉄人Qが現われたのです。
鉄人Qのうしろから、中村警部と、もうひとりの警官が屋根に出てきました。そして、屋根の上の追っかけっこが、はじまったのです。
三つのサーチライトが、全部屋根の上に光線を集めました。その明るい光の中で、あぶない捕物が、はじまったのです。門の前に集まった人びとは、手に汗をにぎりました。
鉄人Qは、屋根のてっぺんへ、はいあがっていきます。中村警部と、その部下がこれを追うのです。
よく見ると、鉄人Qのうしろには、黒い影のようなものが、うごめいていました。
まっ黒な服をきて、頭から黒覆面をかぶった男が、鉄人Qのからだを、あやつっているように見えるのです。
そのとき、人びとのあいだから、
「ワーッ。」
という声が、わきあがりました。
大屋根の上の鉄人Qが、足をすべらせて、まっさかさまに、地上へ落ちてきたのです。
サーチライトの光の中に、スーッと尾をひいて、ガチャンという金属のこわれるような地ひびきをたてました。
げんかんのドアの中にいた、ふたりの警官がとびだしてきました。
パトロールカーに残っていた警官たちも、そこへかけよりました。
そして、大ぜいの見物人たちも……。
鉄人Qは、めちゃめちゃにこわれて地面に横たわっていました。
鉄人のおなかがやぶれて、その中におびただしい歯車が、かさなりあっていました。鉄人のからだの中には、大小の歯車が、いっぱいつまっていたのです。
中村警部をはじめ西洋館にはいった警官と少年たちは、みんなそこへおりてきました。そして、サーチライトにてらされた鉄人Qの残がいをのぞきこみました。
こんな歯車でできた鉄の人間が、あんなに、自由自在に動いたかと思うとふしぎでなりません。
「ねえ、中村さん、五重の塔にのぼったり、お札や宝石などをぬすんだやつは、鉄人Qと、そっくりにばけた、もうひとりのやつのしわざじゃないでしょうか。ポケット小僧は、そっくり同じ鉄人Qが、ふたりいたといっています。ひとりの方は、ロボットのように、じっとしていたが、もうひとりのやつは、自由にしゃべったり動いたりしたというのです。」
小林少年が、中村警部とならんで、こわれた鉄人Qを見おろしながら、そんなことをいいました。
「うん、ぼくも、はじめから、あやしいと思っていた。鉄の人造人間が、あんなに動いたり、しゃべったり、できるはずがない。この鉄人は、手品のたねで、ほんとうは、べつの人間が鉄のお面をかぶって、鉄人にばけていたのだ。さいしょ、じいさんのうちを逃げだしたときから、そうだったのだ。あれはロボットにばけた人間だったのだ。」
中村警部も、小林少年と同じ考えでした。
警部は、なおもことばをつづけました。
「さっき、こいつは、屋根の上へ、逃げだしたように見えたが、ほんとうは、まっ黒な服を着て、まっ黒な覆面をしたやつが、この鉄人をだいて動かしたのだ。ぼくの部下が、いまに、そいつをここへ連れてくるはずだよ。」
警部は、そういって、げんかんのドアの方をふりむきましたが、ちょうどそのとき、ドアが開いて、ひとりの警官が、黒いシャツとズボン下をはき、黒い覆面をした男を連れて、出てきました。
中村警部は、その方へ歩いていって警官と、ひとこと、ふたこと、ことばをかわしたあとで、いきなり、男の覆面を、めくりとってしまいました。
覆面の下から現われたのは、三十ぐらいの人相の悪い男の顔でした。
じいさんの部下にまちがいありません。
この男が、鉄人Qを屋根の上へ連れだし、さも、自分で逃げだしたように見せかけていたのです。
「おい、この鉄人Qとそっくりの姿をした、もうひとりのやつはどこへ行ったのだ。おまえは、それを知っているはずだっ。」
中村警部が、どなりつけるようにいいました。
「おらあ、知らねえよ。そんな人間はいやしねえよ。」
男は、うそぶいて答えました。
さっきまで、西洋館の中にいた、あのあやしいじいさんや、鉄人Qにばけた男は、いったいどこへかくれてしまったのでしょう。あれほど家さがしをしても、どこにもいなかったではありませんか。そのときでした。小林君の服を、うしろから、キュッ、キュッとひっぱるものがありました。
びっくりして、ふりむくと、ポケット小僧が、なにかたいへんな知らせがあるらしく、目をかがやかせて、立っているのです。