バラバラ人形
それからひと月ほどは、なにごともなくすぎさりました。
あやしいおじいさんのうちで、ロボットの鉄人Qが、はじめてうごきだすのを見た、北見菊雄少年は、あの事件のあとで、友だちになった小学校六年生の中井明君と、ある日、銀座通りを、歩いていました。
中井君は少年探偵団員でした。中井君の胸には、団員のしるしのB・Dバッジが光っています。北見少年も、中井君に頼んで、少年探偵団に入れてもらうことになっていましたが、まだ小林団長のゆるしをえていないので、バッジはつけていません。
もう午後おそくでしたが、銀座通りには、きれいな服をきた男や女が、ぞろぞろと、歩いていました。たちならぶ商店のショーウィンドーの中には、いろいろな、美しいものが、ならんでいました。
中井、北見の二少年は、銀座四丁目から五丁目、六丁目と、歩いていきました。
ふと見ると、そこのかどに、ひとりの、みょうなサンドイッチマンが立っていて、通りかかる人に、広告ビラをわたしていました。
それを見ると、北見君が、
「あっ。」
といって、立ちどまってしまいました。
「おい、どうしたんだよ。きみの顔、まっさおだよ。おなかがいたいの?」
中井君が、びっくりして、たずねました。
「ちょっと、こっちへ……。」
北見君は、小さな声でいって、中井君をショーウィンドーのかげへ、つれていきました。
「あのサンドイッチマンをごらん。ほら、せなかに、大きな広告の板をしょって、ビラをわたしているだろう。あいつ、鉄人だよ。あのまっ白な顔に見おぼえがあるんだよ。あの顔は、鉄でできているんだよ。」
中井君は、ショーウィンドーのガラスごしに、そのサンドイッチマンを見つめました。
なるほどへんです。顔をまっ白にぬり、まっかなくちびるをしていますが、その顔が、まるでお面のように、少しも動かないのです。
「だって、あいつが鉄人Qなら、みんなが、だまっているはずがないよ。さっき、おまわりさんが、あいつの前を通っていったじゃないか。でも、あいつを、つかまえやしなかったよ。」
中井君が、ふしぎそうにいいました。
「そりゃ、だれも鉄人Qを見た人がいないからだよ。まさか、広告ビラをくばっているサンドイッチマンが、あの大怪物鉄人Qだとは、思わないからね。」
「それじゃあ、あいつが鉄人Qに、まちがいないね。」
「うん、まちがいないよ。ね、きみ、どうすればいいだろう。おまわりさんに、知らせようか。」
「うん、それもいいけど、もうすこし、見はっていて、あいつがどこへ帰るか、あとをつけてみようじゃないか。」
中井君は少年探偵団で尾行の練習をしていましたから、あとをつけるのは大とくいです。
そこで、ふたりは、ショーウィンドーのかげに立ったり、そのへんを、ぶらぶらしたりして、あやしいサンドイッチマンを、三十分ほども、見はっていました。
やがて、あたりに、夕やみがせまってきましたので、サンドイッチマンは、広告ビラの残りを、こわきにかかえて、どこかへ、歩きだしました。
二少年は、それを見ると、おたがいに、目くばせして、そのあとをつけていくのでした。
サンドイッチマンは、しばらく歩くと、そこにある地下鉄への階段をおりていきます。二少年も、あとから、おりていきました。
地下鉄のプラットホームにおりると、そこに、渋谷行きの電車がとまっていました。サンドイッチマンは、それに乗りこみ、二少年も、相手に気づかれぬように、同じ電車に乗りました。
電車はこんでいて、すわる席はありません。サンドイッチマンは、電車のまん中の、しんちゅうの棒をにぎって、たちはだかっています。
あたりの人たちは、このまっ白な顔をした、ふしぎな男を、じろじろ、ながめましたが、せなかの広告の板を見て、サンドイッチマンと思いこんでいるので、これがあの有名な怪物の鉄人Qだとは、だれも気がつかないのでした。
電車が渋谷につきますと、怪人は、大ぜいの人にまじって、電車をおり、駅を出て、にぎやかな大通りを、北の方へ、どんどん歩いていきます。そして、しばらくすると、さびしいやしき町へ、さしかかりました。
もう日がくれかかって、あたりはうすぐらく、いけがきや、コンクリートべいばかりの町には、人通りもありません。
こんな人通りのない町では、すぐ相手に気づかれてしまうので、昼間だったら、とても尾行はできないのですが、あたりがうすぐらいので、二少年は、やっと、怪物のあとをつけることができるのでした。
しばらく行きますと、ふるい赤レンガのへいがつづいて、やがて、鉄のとびらのついた門の前に出ました。
サンドイッチマンにばけた鉄人Qは、そのとびらをひらいて、中へはいっていきます。二少年は、門の石の柱に身をかくして、Qのうしろ姿を、見つめていました。
向こうに、赤レンガの二階だての西洋館がそびえています。Qはそこのげんかんに、近づくと、ドアをひらいて、スーッと、中へはいっていきました。
「どうしようか。」
北見少年が、中井君の顔をみて、ささやきました。
「ぼくたちもはいってみよう。そして、このうちがどんなうちだか、しらべるんだよ。」
中井君は、そういって、さきにたって、門の中へ、はいっていきました。北見君も、そのあとにつづきます。
ふたりは、げんかんのドアの外で、耳をすましましたが、家の中からは、なんの物音も、聞こえません。まるで、あき家のように、静まりかえっているのです。
「横手へまわって、窓をさがそう。」
中井君は、そうささやいて、足音をたてないように、西洋館の横の方へ、まわっていきました。
どの窓も、みんな、まっくらでしたが、ひとつだけ、一階の窓が、ぼんやりと、うす明るくなっていました。
中井少年は北見君を手まねきして、その窓へ近よっていきました。
しかし、窓が高いので、せのびをしても、中を見ることができません。中井君はそのへんをさがしまわって、どこからか、大きな木の箱をひきずってきました。そして、それを窓ぎわにおくと、その上に乗って、窓の中をのぞきました。
旧式なせまい窓で、ガラス戸はあげ戸になっています。それが、ぴったりしまって、その向こうに、カーテンがさがっているのですが、すこしすきまができていて、部屋の中がよく見えるのです。
中井君は、北見君といっしょに、木の箱の上に乗って、窓の中をのぞきました。
部屋の向こうがわは、まっくらでした。壁一面に、黒いカーテンでもさがっているように見えました。そのまっくらの中に、ヌーッと、鉄人Qが立っていました。
二少年は、顔をくっつけるようにして、窓のカーテンのすきまから、息を殺して、のぞいています。
すると、じつにへんてこなことがおこったのです。
鉄人Qは、両手で、自分の頭をつかんで、ぐっと上の方へ、持ちあげました。つまり、自分の首を、すっぽりと、ぬいてしまったのです。
ああ、やっぱり、こいつはロボットです。鉄でできた人造人間だから、首をぬいても、へいきなのです。
Qは、ぬきとった自分の首を、そばのテーブルの上におきました。そして、こんどは、両手を、ぐるぐるまわして、ぱっと、いきおいよく、上へふりあげました。
すると、両手が胴体を離れて、さあっと、てんじょうの方へとびあがり、どこかへ、見えなくなってしまいました。
Qは、胴体と、足ばかりの、みょうな姿になりました。首と手のない人間なんて、じつに、きみの悪いものです。
やがて、Qは、とことこと、足ぶみをはじめました。そして、しばらくすると、胴体は、もとのところに残して、二本の足だけが、前に歩きだし、部屋の中を、ぐるぐる、まわりはじめたではありませんか。
二少年が、
「あっ。」
と、目をみはっているうちに、その足も、どこかへ消えてしまい、あとに残った胴体が、宙に浮いてフラフラしていましたが、これも、スーッと、とけるように見えなくなってしまいました。
そのとき、机の上に、ちょこんと、乗っているQの首が、ニヤッと、笑ったのです。まっかなくちびるで、ニヤッニヤッと、笑ったのです。