怪自動車
「ノロちゃん、あいつのあとを尾行しよう。さあ、来たまえ。」
井上君がノロちゃんの手をひっぱって、鉄仮面のあとを追いました。
鉄の仮面は目も口もふさがれているように見えますが、鉄板のあわせめに細いすきまがあって、そこから外がのぞけるのでしょう。そうでなければ、鉄仮面があんなにはやく歩けるはずがありません。
それにしても、じつに異様なできごとでした。ロウ人形とばかり思っていた鉄仮面が、いきなり歩きだしたのです。むろん人形ではなくて、生きた人間にちがいありません。
鉄仮面は、ふたりが尾行しているとも知らず、通路をグングン歩いていきましたが、ヒョイと立ちどまって、いっぽうの壁をおしますと、そこに秘密のドアがあって、鉄仮面はすいこまれるように中へはいっていきました。
二少年も、すぐそこへいって、ドアをおしますと、しまりを忘れたらしくスーッとひらきましたので、ふたりとも中へはいりました。
うすぐらい細い通路があります。一本道なので、そのまま歩いていきますと、ロウ人形館のよこての裏口のようなところへでました。
外はもう夕ぐれどきでした。むこうに不忍池がひろがっています。うしろには電車通りのネオンがひかっていました。
見ると、すぐむこうに一台の黒い自動車がとまっています。鉄仮面はマントをひるがえして、そこにかけつけ、自動車の後部席へとびこみ、パタンとドアをしめました。
すると、それがあいずだったように、車はすぐに走りだし、むこうに遠ざかっていって、やがて夕やみの中にとけこむように、見えなくなってしまいました。
あいにく、そのへんに、ほかに自動車はなく、二少年は怪人のあとを追うことができませんでした。
それにしても、なんというへんてこなことが、おこったものでしょう。ロウ人形館の人形が、とつぜん動きだし、館の外に待たせてあった自動車にのって、どことも知れず逃げだしてしまったのです。
二少年は、あまりのふしぎさに、しばらくは、ぼんやりと、そこに立ちつくしていましたが、やがて気を取りなおすと、このことを中曾夫人に知らせるために、正面の入口へといそぐのでした。
ふたりはキップ売場からはいって、廊下にあるさっきのドアをノックしました。
「おはいりなさい。」
中から中曾夫人の声がこたえました。
二少年はドアをひらいて、中にはいりました。
そこは夫人の事務室らしく、まんなかに大きなデスクがあり、その上に、いろいろな書類がつみかさねてあります。夫人がこしかけているうしろには大きな本だながあって、西洋の本や日本の本がぎっしりつまっています。
「ああ、さっきのぼうやたちですか。ひどくあわてているじゃありませんか。」
明治時代の洋装をして、帽子をかぶったまま、中曾夫人はいすから立って、二少年のほうへ近寄ってきました。
「鉄仮面が逃げだしたんです。」
「裏口から出て、自動車にのって、どっかへいってしまいました。」
「え、なんですって?」
夫人は、びっくりしたように、聞きかえします。
「あのロウ人形の鉄仮面が逃げたのです。」
それを聞くと、夫人は笑いだしました。
「あなたがた、ゆめでも見たのですか。ロウ人形が歩きだすなんて、そんなばかなことがあるもんですか。」
「いいえ、ほんとうです。うそだと思うなら、鉄仮面の場面を見てください。あそこには牢番が残っているばかりです。」
「よろしい。では、見にいきましょう。あなたがたも、いっしょに来てください。」
夫人はそういって、さきにたって部屋の外へ出ると、グングンそのほうへ歩いていきました。二少年もそのあとにしたがいます。
いろいろな場面をとおり過ぎて、鉄仮面の場面にたどりつきました。
「やっぱり、あなたがた、ゆめでも見たのでしょう。鉄仮面は、あそこにいるじゃありませんか。」
少年たちは「あっ。」とおどろきました。
夫人のいうとおり、鉄仮面はいつのまにか、ちゃんと、そこへもどっていたではありませんか。もう黒マントはぬいで、どこかへかくしてしまったらしく、もとのとおりの姿です。
「ふしぎだなあ、ゆめじゃありませんよ。ぼくたちふたりが、この目で見たんです。自動車にのって逃げてしまった鉄仮面が、どうして、ここへもどったのでしょう。ぼくには、なにがなんだか、さっぱり、わけがわかりません。」
井上君はそういって、しばらく考えていましたが、ふと気がついたように、
「ぼく、あの人形にさわってみてもいいでしょうか。」
「ええ、よろしいとも、ふたりとも、中にはいって、さわってごらんなさい。」
そこで、井上君とノロちゃんは、木のてすりをまたいで石の牢屋の中にはいり、鉄仮面のそばに寄って、そのからだにさわってみました。
からだをたたくと、コツコツ音がしました。両手は、たしかに、つめたいロウでできていました。足もよくしらべましたが、やっぱり、ズボンの中には、木のようにかたいものがあるばかりでした。
「へんだなあ。これはたしかに人形です。でも、こいつは、さっき歩いてここから出たのです。そして自動車にのって、逃げていったのです。」
井上君が、ふしぎでたまらないという顔で、つぶやきました。