星の宝冠
おはなしはかわって、その日の夜のことです。港区の有馬大助君という少年のおうちに、おそろしいことがおこりました。鉄仮面はやっぱりロウ人形館からぬけだして、有馬君のおうちへ、しのびこんでいたのです。有馬君のおうちは大きな西洋館で、おとうさんは、ある会社の社長さんでした。大助君は、その長男で、小学六年生なのです。
大助君は、そのばん十一時ごろ、ふと目がさめて、お手洗いへいきたくなったので、パジャマのままベッドを出て、用をすませ、廊下をもどってきました。
その広い廊下のすみに、西洋のむかしのよろいがかざってあります。銀色にみがいた鉄のよろいです。おなじ銀色の西洋のかぶととほおあてをつけているので、まるで人間が、よろい、かぶとをきて、立っているように見えます。
夜なんか、その前をとおると、きみがわるいようです。大助君は、なれているので、べつに、こわいとは思いませんでしたが、とおりがかりに、ふと、そのよろいを見ますと、どこかしら、いつもとは、ちがっているような気がしました。
へんだなとおもって、じっと見なおしました。
ああ、そうです。かぶととほおあてがいつもとちがっているのです。色はおなじ銀色ですが、形がちがうのです。
「あっ! 鉄仮面だっ。」
大助君は、おもわず、心の中でさけびました。
大助君は、「鉄仮面」という小説を読んだことがあります。いま、目の前にあるよろいの頭のところは、その小説のさしえにかいてあった鉄仮面と、そっくりではありませんか。
きみがわるくなったので、大助君は、そのまま、廊下のかどをまがりましたが、やっぱり気になるものですから、そのかどから、そっと、目だけだして、よろいのほうを見ていました。
すると、ク、ク、ク、ク……という、みょうな音が、どこからか聞こえてきました。人間が声をたてないで、笑っているような音です。
もしかしたら、あの鉄仮面をかぶったよろいの中に、人間がかくれているのではないか、と思うと、大助君はゾーッと、かみの毛がさかだつような気がしました。
そのときです。こんどは、もっとおそろしいことがおこりました。
鉄仮面の頭をもった西洋のよろいが動きだしたのです。
はじめは、ゆらゆらと、からだを前後に、ゆりうごかしていましたが、やがて、銀色のよろいがノッシ、ノッシと歩きだしたではありませんか。
大助君はびっくりして、逃げだそうとしましたが、あいては、そのまがりかどに大助君がかくれているのを、はやくも、さとったらしく、ぱっと、こちらへ、とびかかってきました。
そして、銀色にひかった鉄仮面が、大助君の目の前いっぱいにひろがり、銀色のよろいの手が、ギュッと、大助君の肩をつかみました。
「たすけてくれーっ……。」
さけぼうとしましたが、その口を、いきなり、怪物の鉄の手でふさがれてしまいました。
それから、鉄仮面は大助君をだきあげて、寝室の中にはこび、ベッドのシーツをひきさいて、大助君にさるぐつわをはめ、手足をしばり、外に出てドアにかぎをかけると、そのまま、どこかへ立ちさってしまいました。
それから、しばらくして、鉄仮面は、有馬家の美術室に、そのぶきみな姿をあらわしました。
大助君のおとうさんの有馬さんは、まだおきていて、書斎で手紙を書いていましたが、美術室の仏像をしらべてみなければならないことがおこりましたので、美術室へやっていきました。
そして、ドアをひらくと、美術室の中に、みょうなものが動いているのが見えましたので、いそいでドアをしめ、ごくほそいすきまを残して、そこから部屋の中をじっとながめました。
美術室には、たくさん棚があって、そこにいろいろの美術品がならべてあるのですが、壁ぎわに金庫がおいてあります。それには、美術品のなかでも、いちばんだいじなものが、しまってあるのです。
その金庫の前に西洋のよろいが、うずくまって、ダイヤルをまわしているではありませんか。廊下においてあったよろいが、ここまで歩いてきて金庫をあけようとしているのです。
有馬さんは、よろいの頭が鉄仮面にかわっているとは、気がつきませんが、いずれにしても、よろいの中に人間がはいっていることはたしかです。
どろぼうが昼間のうちに、やしきにしのびこみ、よろいの中にかくれていて、夜がふけるのを待って、金庫の中のものをぬすもうとしてやってきたのです。
有馬さんは、そっとドアをしめて、いそいで書斎へひきかえしました。そして、そこの卓上電話の受話器を取りあげると、知りあいの私立探偵明智小五郎の事務所をよびだすのでした。
「明智先生ですか。わたし、いつかおせわになりました有馬です。いま、わたしのうちに、へんなことが、おこっているのです。廊下にかざってあった西洋のよろいの中に、だれかがはいって、美術室の金庫をあけようとしているのです。金庫の中には『星の宝冠』というわたしの家の宝物が、はいっています。すぐに来てくださいませんか。……むろん警察に知らせます。しかし、これはどうも、ふつうのどろぼうじゃありません。やっぱり、あなたに来ていただかないと、安心できないのです……。」
そこまで話したとき、書斎のドアがスーッとひらきました。そして、そこに銀色にひかる西洋のよろいがたっていたではありませんか。
「明智小五郎に電話をかけたな。明智をよぼうというのか。そうはさせないぞ。」
鉄仮面のすきまから、しわがれた、ふとい声がもれてきました。
有馬さんは、あまりのことに、ぼうぜんと、立ちすくんだまま、ものをいう力もありません。
鉄仮面は、ツカツカと有馬さんのそばに寄ってきました。そして有馬さんの手から受話器をひったくると、それを左手に持ち、右手にはピストルをかまえて、有馬さんが声を立てないようにおどしつけながら、電話口の明智探偵に話しかけるのでした。
「明智君だね。おれはどろぼうだ。てごわいどろぼうだ。せけんでは、おれのことを恐怖王とよんでいるよ。このうちへは『星の宝冠』をもらいにきた。金庫のあけかたも、ちゃんと研究しておいたので、わけなく宝冠を手にいれることができたよ。ハハハハ……。だから、もうきみは来なくてもよろしい。来ても、しかたがないのだ。きみがここへつくころには、おれは遠くへ立ちさっているからね。」
すると、電話のむこうから、明智探偵のおちついた声がそれに答えました。
「きみが来るなといっても、ぼくは有馬さんにたのまれたのだから、いかなければならない。きみは逃げだすだろうが、どこへ逃げても、きっと、つかまえてみせるよ。きみは、そのうちに、なにかてがかりを残している。指紋なんか、いくらふきとってもだめだ。もっとほかの、目に見えないてがかりが、いくつも残っているはずだ。ぼくはそれをさがす。そしてきみが何者であるかを、つきとめ、かならず、とらえてみせる。ハハハ……。それが、ぼくの仕事だからね。」
名探偵の自信ありげな声を聞くと、鉄仮面はいらいらしてきました。
「よしっ、それじゃあ、かってにしろ。おれのほうにも、考えがある。いまに、こうかいするんじゃないぞ。きさまは、おれが、どれほどの力を持っているか、まだ知らないのだからな。ワハハハハ。」
そこで、いきなり電話をきると、こんどは、べつの番号をまわして、だれかをよびだし、暗号のようなことばで、なにかしばらく話していましたが、そばに立っている有馬さんにも、そのいみは、すこしもわかりませんでした。そのあいては、おそらく、どろぼうの手下かなんかだったのでしょう。