まけた恐怖王
そのとき、汽船では、大さわぎがおこっていました。
首領の姿がどこにも見えないのです。船じゅうさがしまわっても、どうしてもみつかりません。
もしやと思って明智探偵をしばりつけておいた部屋へいってみるとなわがバラバラにとけて、もちろん明智の姿はかげも形もありません。
いよいよたいへんです。
首領も、どっかへ消えうせてしまったのです。
手わけをして、もういちど船の中をさがしまわりました。
ひとりの部下が懐中電灯をてらして、後部甲板をあちこちと歩きまわっていました。
すると、どこかで、コトコト、と音がするのです。
「だれだっ……。」
と、どなってみても、なんの答えもなく、ただコトコトとおなじ音がつづくばかりです。
「へんだぞ。」とおもいました。じっと耳をすまして、音のする方角を聞きさだめておいて、そこを懐中電灯でてらしてみました。
ズックのきれが動いています。その下に、なにか生きものが、かくれているのかもしれません。
部下の男は、こわごわ、そばに近づくと、ズックをつかんで、ぱっと、はねのけました。
「やっ、明智だなっ……。」
そこには、黒い背広をきた男が手足をしばられて、ころがっていました。部下はそれを見て、てっきり明智探偵と思いこんだのです。さるぐつわで口のへんをしばられているのですし、服が明智の背広ですから、ひとめ見て、明智と思ったのはむりもありません。
その部下は、いきなり船室のほうへかけだしていって、みんなをよびましたので、たちまち六―七人の部下のものが集まってきました。
「どうした、どうした。」
「なに、明智のやろうが、しばられているって?」
「すると、かしらが明智をしばったのかな。」
くちぐちに、そんなことをいいながら、たおれている男に近づきました。
「おやっ、これは明智じゃないよ、明智は、もっとモジャモジャの頭をしていたはずだぜ。」
「なんだとう。これが明智でなけりゃ、いったい、だれだっていうんだ。」
「それが、わからねえんだよ。へんだなあ。」
そのとき、たおれていた男が、くくられた両足を高くあげて、ドカンと床板をたたきつけました。かんしゃくをおこしているようです。
「もうすこし、顔をよく見てやろうじゃねえか。これをとってね。」
ひとりの部下が近よって、男のさるぐつわのきれを、とりはずしました。
おお、その下から、あらわれた顔は!
「ひゃあっ、かしらだっ。かしらだぜ、こりゃあ。」
「はやく、なわをとかねえか。みんな、なにをぐずぐずしてやがるんだ。」
てれかくしのように、そんなことをいいながら、部下たちは、首領のなわを、ときほどきました。
「ばかやろう。なんてドジなやろうどもだっ。明智のやつは、おれの道化仮面をかぶって、おれとそっくりの姿になって、どっかにかくれているんだ。手わけをして、あいつをさがしだせっ。」
「ところが、かしら、船の中は、もうすっかり、さがしちゃったんです。しかし、あいつの姿はどこにもありませんよ。」
「おやっ、おかしいぞっ。」
部下のひとりが、とんきょうな声をたてました。
「かしら、かしら。かしらはさっき、甲板から、ボートにのっているおれたちに、もういいから、あがってこいって、よびかけましたかい。」
「そんなこといやあしない。それは、おれじゃあないよ。」
「するってえと、あれが明智だったかな。たしかに、道化仮面をかぶってましたよ。」
「いや、まてまて。かしら、たいへんなことになりましたぜ。」
またべつの部下が、いきせききって、いうのです。
「なんだ、なにがたいへんだ。」
「かしらは、さっき、かしらの部屋へおれをよんで、『星の宝冠』はどこにはいっているかって、聞きゃあしないでしょうね。」
「そんなこときくもんか。おれは『星の宝冠』をしまったところを忘れやしねえ。」
「あっ、それじゃあ、あいつだ。あれが明智のやろうだったんだ。」
「おいっ、なにをいっているんだ。明智にそんなこと聞かれたのかっ。」
「へえ、あれが、まさか明智だとは知らねえもんだから、かしらは、へんなことを聞きなさると思ってね。」
「き、きさまっ、それじゃあ、もしや……。」
「かしら、すみません。『星の宝冠』は、あいつが持っていったんです。」
「おれにばけた明智のやろうがか?」
「へえ。」
ピシャン……首領の平手が、その部下のほおにとびました。まぬけな部下はほおをおさえて、うしろへひきさがります。
「さあ、みんな、明智をさがせ。どっかにかくれているはずだ。せっかくぬすんだ『星の宝冠』を取りかえされたんじゃあ、おれの顔がたたねえ。どんなことがあっても、明智のやろうを、つかまえなけりゃあ……。」
それから、また、船の中の大捜索がはじまりました。
しばらくすると、さっきボートにのった三人の部下は、なにかコソコソささやきながら、後部甲板のはずれのほうへやって来ました。
「おい、のぞいてみろよ。ひょっとしたら、あのボートで。」
「うん、おれも、そんなことじゃないかとおもうんだ。」
三人はてすりにもたれて、まっくらな海をのぞきました。
「あっ、ないよ。ボートがなくなっている。」
なわをひくと、ズルズルとあがってきます。そのさきにくくりつけてあったボートはかげも形もないのです。
三人は首領にこれを知らせるために、船室へ走りこみました。
「なにっ、ボートがなくなったって。」
首領もかけだしてきました。おおぜいの部下が、そのあとにつづきます。そして、みんなが後部甲板のてすりにもたれて、くらい海を見おろすのでした。
もし、ひるまなら、まだ明智ののったボートが見えていたのかもしれませんが、このくらさでは、どうすることもできません。
首領は船を東京のほうへすすませて、ボートをさがしましたが、ついに明智探偵を発見することはできませんでした。東京に近づきすぎては、こっちの身の上があぶないので、思うぞんぶんに、さがしまわることができなかったからです。
それから一週間ほどたったある日のことです。明智探偵事務所へ、みょうな電話がかかってきました。
明智が電話口に出ますと、いきなり、ウフフフフ……という、きみのわるい笑い声が聞こえてきました。
「ウフフフフ……、明智先生かね。おれは恐怖王といわれているどろぼうだ。このあいだは明智先生のうでまえを、つくづく見せてもらったね。あれはおれのまけだった。たしかにまけたよ。だが、おれは、まけっきりではすまさない。このしかえしは、きっとしてみせる。先生、ようじんするがいいぜ。おれはまだ恐怖王のほんとうのおそろしさを見せていないのだ。ゆだんをしたら、とんでもないことになるぜ。
だが、『星の宝冠』はもうあきらめた。やりそこなったら、すっぱりあきらめて、ほかの、もっと大きなえものをねらうのが、おれのやりかただ。そこで、こんどは、おれがなにをねらうとおもうね。ウフフフフ……、いくら名探偵の明智先生でも、こればっかりはあてられまい。世間をあっといわせてみせるよ。いや、世間よりも明智先生をあっといわせたいね。こんどは道化仮面のようなやさしいものじゃないぜ。おそろしい仮面だ。東京じゅうが、ふるえあがるような恐怖の仮面だ。」
それをきくと、明智探偵は笑いだしました。
「ハハハハ、電話で挑戦というわけだね。よろしい。いつでも挑戦におうずるよ。このあいだの汽船では、きみの部下がおおぜいいたので、『星の宝冠』を取りもどすだけでがまんしたが、こんどこそ、きみをとらえてみせるぞ。きみこそ、ようじんするがいい。」
「ウフフフフ……、おもしろくなってきたね。明智大探偵対仮面の恐怖王か。巨人対怪人というやつだね。それじゃ、そのときまで、明智先生、からだをだいじにしたまえ。じゃあ、あばよ。」
そして、プツンと電話がきれました。