黄金の魔術師
恐怖王は黄金仮面の怪物にばけて、映画館の屋上から星のきらめく大空へ、とびさってしまいました。
そのまえに映画館のスクリーンに血をはく黄金仮面の顔が大写しになりました。白黒の映画に、仮面の三日月形の口からながれる血の色だけが、まっかにうつったのです。
あとでしらべてみますと、恐怖王は映画のフィルムをぬすみだして、その一こま一こまを虫めがねで見ながら、赤いえのぐをぬって、また、もとの映写室へもどしておいたことがわかりました。赤いえのぐを一こまずつ、だんだんのばして、ぬっておいたので、それを映写すると、タラタラと血がながれるように見えたのです。
それはわかりましたが、黄金仮面の恐怖王が、どうして鳥のように空をとぶのか、その秘密は、だれにもわかりません。あいつは魔法つかいなのでしょうか。
さて、映画館の事件があってから一週間ほどたって、目黒区の片桐さんのおうちに、おそろしいことがおこりました。
片桐さんのおうちは、さびしいやしき町にある、ひろい西洋館でしたが、そこには一郎君とミヨ子ちゃんという、ふたりの子どもがいました。兄の一郎君は小学校六年生、妹のミヨ子ちゃんは小学校三年生でした。
あるばんのこと、ふたりが勉強部屋で、つくえをならべて本を読んでいますと、カーテンのひらいたガラス窓の外でチカッとひかったものがあります。本を読んでいても目のすみで、それが見えたのです。
「あらっ、なんでしょう。」
「うん、へんだね。なんだか、ピカッとひかったね。」
しかし窓の外にはもうなにも見えませんので、ふたりは、また本を読みはじめました。
しばらくすると、またしても、チカッとひかりました。一郎君はいすから立って窓のそばへいって、外をのぞいてみました。そこには、まっくらな、ひろい庭が、ひろがっているばかりで、なにもありません。そのとき、怪物は窓のすぐ下にうずくまっていたのですが、部屋の中からは、そこまで見えなかったのです。
また本を読んでいますと、三度めに、チカッとひかりました。そして、こんどは、もう消えないのです。ひかったものは窓の外にじっとしているのです。
ミヨ子ちゃんが、なんともいえないさけび声をたてて、一郎君にしがみついてきました。一郎君もいすから立って、おもわず逃げ腰になりました。
窓ガラスに顔をくっつけて、おそろしいものがのぞいていたのです。
それは金色にひかる、お能の面のような、きみのわるい顔でした。その顔が口をキューッと三日月形にひらいて、笑っているではありませんか。
一郎君は、このごろ新聞でさわがれている黄金仮面という怪物のことを、とっさに、思いだしました。
黄金仮面です。あいつにちがいありません。あいつが窓のそとに立っているのです。
「ワーッ……。」
一郎君は、おそろしいさけび声をたてて、ミヨ子ちゃんの手をひっぱって、廊下へかけだしました。そして、おとうさんの部屋へとびこんでいったのです。
「パパ、たいへんです。黄金仮面が……。」
「えっ、黄金仮面だって。」
「ぼくたちの勉強部屋の窓の外から、のぞいていたのです。はやく、警察へ……。」
おとうさんの片桐さんは、ふたりの書生をよんで、庭をしらべるようにめいじました。そして、じぶんは、電話のダイヤルを一一〇番にまわすのでした。
ふたりの書生は、懐中電灯と、木刀を持って、まっくらな庭へとびだしていきました。
庭には大きな木が、たくさんしげっています。ゆうかんな書生たちは、懐中電灯をてらして、木のしげみの間をさがしまわりました。
「あっ、あそこにいる。」
書生のひとりが小声でいって、そのほうへ懐中電灯の光をむけました。
すると、木のかげにかくれていた怪物が、ヌーッと、光の中へ全身をあらわしたではありませんか。
金色のターバン、金色の顔、金色のマント、金色のズボンとくつ。口が三日月形にキューッとひろがって、ニヤニヤと笑っているのです。
ふたりの書生はそれを見ると、タジタジと、あとずさりをしました。
「ウフフフ……、いいか、主人によくつたえるのだぞ。きょうから三日あと、十三日の午後十時きっかりに片桐家の宝ものをちょうだいする。わかったかね。ここのうちの美術室には国宝のぼさつ像がある。あれをちょうだいするのだ。きっと約束はまもるからゆだんなく見はっていたまえ。」
黄金仮面は、それだけいってしまうと、サッとむきをかえて庭のおくのほうへ走りだしました。
ふたりの書生は、あいてが逃げだすのを見ると、きゅうに元気になり、
「こらっ、まてっ、もう逃がさんぞっ。」
と、いきなり怪物のあとを追っかけました。
「あっ、へいにとびついたっ。」
そうです。黄金仮面は、高いコンクリートべいにとびついて、スルスルと、その上にのぼりつき、一度、こちらをむいて、
「ワハハハハ……。」
と、あの三日月形の口で笑ったかと思うと、そのままへいのむこうへとびおりてしまいました。
書生たちは、そのあとを追って、へいにのぼりつこうとしましたが、たかくて、とてものぼれません。黄金仮面はかるわざ師のように身がかるいのですから、ふつうの人間に、そのまねはできないのです。
「ここでぐずぐずしてるより、門からまわったほうが、はやいよ。」
ひとりがそういって、かけだすと、もうひとりの書生も、そのあとにつづきました。
門を出ると、ちょうどそこへパトロールカーがやって来て、中からふたりのおまわりさんがとびおりました。
「あっ、警察のかたですか。黄金仮面はへいのそとへ逃げだしました。こちらです。はやく来てください。」
書生たちは、おまわりさんのさきにたって、へいのそとの横町へかけつけました。
「このへんから、とびおりたのです。まだ、遠くへいくはずはないのですが……。」
見ると、むこうのくらやみの中から、何者かがこちらへ近づいてきます。
書生のひとりが、ぱっと懐中電灯でそのものをてらしました。
腰のまがった七十ぐらいのおじいさんです。カーキ色の、きたない服を着て、こわきにふろしきづつみをかかえ、杖にすがってとぼとぼと歩いてきます。ながくのばしたかみの毛がまっ白で、口やあごにも、ごましおの、ぶしょうひげがのびています。
「おい、おじいさん、いま、金色のやつを見なかったかね。このへいからとびおりたんだが。」
書生がたずねますと、おじいさんは、やっこらしょと腰をのばして、まぶしそうに、懐中電灯を見ながら、
「ああ、そいつなら、むこうへかけていったよ。頭から足のさきまで、金ぴかのやつだった。」
と、うしろのほうを、さししめすのでした。
「ありがとう。じゃあ、あっちへ逃げたんだなっ。」
四人のものは、いちもくさんに、そのほうへかけだしていきました。
すると、おじいさんは、また杖にすがって歩きだしながら、
「ウフフフフ……。」
と、ひくい笑い声をもらすのでした。
なぜ笑うのでしょう。なにがおかしいのでしょう。ああ、ひょっとしたら……。
ふたりの警官とふたりの書生は、ずいぶんとおくまでさがしまわりましたが、黄金仮面の姿はどこにも見えませんでした。そこでとうとう、あきらめて、片桐さんの門のほうへひきかえしました。
「へんだなあ。いくらあいつが足がはやくても、あの大通りに姿が見えないのは、おかしいな。あんなに、むこうまで見とおしなんだからなあ。」
書生のひとりがつぶやきますと、もうひとりが、はっとしたように立ちどまって、こんなことをいうのでした。
「あっ、そうだ。さっきのじいさんが、あやしいぞっ。黄金仮面は魔法つかいみたいなやつだから、ばけるのも、じょうずにちがいない。あいつ、さっきのじいさんに、ばけていたんじゃないかな。金色のマントやなんかは、あのふろしきにつつんで……。」