ゴリラ
「ね、小林さん、懐中電灯をつけてみようか。」
ポケット小僧がそっとささやきました。
あかるくしたら、ふたりのいる場所がわかるので、かえって、あぶないと思いましたが、しかし、あいての正体がわからないのは、いっそうぶきみですから、小林君は思いきって、懐中電灯をつけてみることにしました。
「うん、それじゃ、ぼくもつけるからね。いいかい。一、二、三っ……。」
そして、ふたりは、それぞれポケットから七つ道具の一つの万年筆型懐中電灯を取りだして、ぱっとむこうをてらしました。
「あっ、いけないっ。消すんだ。」
ふたりは、おおいそぎで、懐中電灯を消しました。
電灯の光にてらしだされたのは、何者だったのでしょう。
それは一ぴきの大きなゴリラでした。動物園で見おぼえのある、あのものすごいゴリラでした。しかも人間ほどもある、でっかいやつです。
そいつが、へんな歩きかたでヨタヨタと、こちらへ、やってくるではありませんか。
電灯を消すと、もとのくらやみの中に、二つの青くひかる目がジリジリと、こちらへ近づいてきます。
ふたりは、なにを考えるひまもなく、手をとりあって、はんたいの方へ逃げだしました。
地下室はひろいけれども、四方に壁があります。壁まで逃げたら、もう、どこへもいけないのです。
ふたりは、つめたいレンガの壁に、ぴったり身をよせて、ゴリラの目から、すこしでも遠くなるように、よこのほうへ、にじりよっていきました。
「あっ、ここにドアみたいなものがあるよ。」
壁をなでていたポケット小僧が、さけびました。
「え、どこに。あっ、そうだ。ドアだよ。あくかどうか、ためしてみよう。」
小林君が、ちからをこめて、そのドアらしいものを、おしてみました。
すると、そのあつい木の戸が、ギイ――といって、むこうへ、ひらいたではありませんか。
「いいかい。とびだして、すぐ、しめるんだよ。あいつがでてきたら、たいへんだからね。」
小林君はそういって、ポケット小僧の手をひっぱって、そとへとびだすと、すぐに、ぴったり戸をしめて、中からひらかないように、からだをもたせかけました。
ふたりが背中を戸にあてて、足をふんばっているのです。
この建物は、山の中の坂道にたっているので、おもてからいえば地下室でも、うらに出れば、そこは山の地面とおなじ高さなのです。
「そのへんに、棒きれか、大きな石が、ないかしら。そうすれば、戸がひらかないようにできるんだがな。」
小林君はそういって、懐中電灯で、あたりをてらしてみましたが、なにもみつかりません。森の中ですから、たくさん木ははえていますけれど、つっかい棒にするような、てごろの木ぎれなんか、どこにもないのです。また、地面には石ころがころがっていますが、戸をひらかなくするほどの大きな石はありません。
そのうちに、ふたりが背中でおしている板戸が、ギシギシとうごきはじめました。中からゴリラがおしているのです。
「しっかり、ちからをいれるんだ。もし、この戸をひらかれたら、ぼくらの命はないんだよ。」
小林君がポケット小僧をはげましましたが、なにしろ、ポケットにはいるような小さな子どもですから、ちからはありません。それに、小林君も、少年探偵団の団長とはいっても、まだ少年です。
うんうんいって、足をふんばっているのですが、どうやら、中のゴリラのほうが、ちからが強そうです。ふんばっている足が、ジリッジリッと、前のほうへすべっていくではありませんか。