土の中のゴリラ
「なあに、運を天にまかして、いけるところまでいってみるんだよ。そのうちに、なにか、いいことがあるかもしれない。ただしんぼうして、じっとしていたんじゃ、ぼくたちは死んでしまうんだからね。」
小林君は、ポケット小僧の手をひいて、はげましながら、まっくらなほらあなを歩いていきました。懐中電灯は持っていますが、むやみにつかっては電池がなくなってしまうので、ときどき、パッパッとつけて、あなのようすを見ると、すぐ消してしまうのです。
さっきからの、はたらきで、ふたりとも、つかれはてていました。そのへんに、うずくまってしまいたいのを、やっとがまんして、ヒョロヒョロと歩いているのです。
いきどまりになるのではないかと、びくびくしていましたが、そのようすもありません。あなはうねうねまがりながら、どこまでもつづいています。
「むかしの金貨が、うずめてあるというので、ほれるだけほってみたんだろうね。そして、なんにも見つからなかったというんだから、よっぽど運がわるかったのだね。たいへんなお金をつかったにちがいないよ。」
小林君が、ひとりごとのようにいいました。まえにもかいたように、この山には徳川幕府のご用金がうずめてあるといううわさがあって、あるお金持ちが、それをさがすために、こんな鉱山のようなあなをほらせたのです。
「よくばるから、そんするんだよ。小判がうめてあるなんて、うそっぱちにきまってらあ。」
ポケット小僧は、おこったような声でいいました。
「こんなあながあるもんだから、おれたち、ひどいめにあったじゃないか。」
「おいおい、ポケット君、きみは、このあなのおかげで、ゴリラからたすかったことを、わすれたのかい。」
「うん、そりゃそうだけどさ。」
しばらくだまって歩いていましたが、ポケット小僧がかなしそうな声を出しました。
「おら、はらがペコペコだよ。もう、歩けないよ。」
「ぼくだってそうさ。がまんしなきゃ、しかたがないよ。はらがへるどころか、じっとしてたら、死んでしまうんだからね。歩くほかに、たすかるみちはないんだよ。」
小林君はポケット小僧をはげましながら、なおも、すすんでいきました。
しばらくすると、
「なんだか道がへんだよ。懐中電灯をつけてみよう。」
そういって、万年筆型の懐中電灯をつけ、前をてらしました。
「あっ、枝道だ。どっちへいったらいいだろう。」
「ほんとだ。このあなは長いんだなあ。左のほうが、すこしひろいよ。」
「うん、そうだね。じゃあ左のほうへいくことにしよう。」
ふたりは左のあなへすすんでいきましたが、十メートルもいくと、また枝道がありました。
「わあ、また枝道だ。やっぱり左にしよう。右へいったり、左へいったりすると、あともどりになるかもしれないからね。左ときめたら、左ばかりにしよう。」
そういって、ふたりは左へまがりました。それから、すこしいくと、また、枝道にぶつかりましたが、やっぱり、そこでも、左のほうの道をえらびました。
そして、しばらく歩いているうちに、あたりのようすが、ちがってきました。空気がじめじめして、息がつまるようなかんじです。小林君はへんだなと思って、懐中電灯をつけてみました。
「あっ、いきどまりだっ。」
ポケット小僧が、さけびました。あなのむこうに、土の壁がたちふさがっているのです。
とうとう、いきどまりへ、来てしまいました。ふたりは、もう、いよいよ、たすからないのでしょうか。そのとき、どこからか、
「ウーン、ウーン……。」
という、うなり声が聞こえてきました。
ふたりは、おどろいて、キョロキョロと、そのへんを見まわしました。
「あっ、あれだ。ゴリラだよ。あいつ、はんぶん、土にうずまって、くるしんでいるんだよ。」
みると、いきどまりの土の下から、ゴリラの首と背中が見えています。上から土がおちてきて下じきになったらしいのです。
「あっ、わかったっ。」
小林君が、びっくりするような声で、さけびました。
「ポケット君、わかったよ。これは、さっき、ぼくらが落盤にであった場所の、はんたいがわなんだ。ゴリラは、ぼくらをおいかけて、ここまで来ていたんだよ。そこへ、落盤がおこったものだから、下じきになってしまったんだ。あいつけがしていたので、逃げることができなかったんだよ。」
「だが、へんだね。どうして、おれたち、はんたいがわへ出られたんだろう。」
「枝道が三つもあったし、道がぐっと、まがっているので、いつのまにか、もとのところへ、もどってきたんだよ。」
「じゃあ、小林さん、おれたち、さっきの枝道を、左へまがらないで、右へまがれば、あなの外へ出られたんだね。」
ポケット小僧が、それに気づいて、うれしそうにいいました。
「そうだっ。きみのいうとおりだ。ここから、もとへもどるんだったら、あの枝道を、やっぱり左へまがればいいわけだよ。そうすれば、ぼくたちは、あなの外へ出られるのだ。」
小林君も、あかるい声でいうのでした。
「ウーン、ウーン……。」
うなり声がつづいています。しかし、あの大ゴリラにしては、へんなうなり声です。人間のうなり声に、にているのです。
「あっ、ゴリラの背中がわれているよ。」
ポケット小僧は、じぶんの懐中電灯で、それをてらしながら、さけびました。
見ると、うつぶせになって、半分土にうずまっているゴリラの背中が、たしかに、われているのです。落盤のときに石にうたれて、大けがをしたのでしょうか。
いや、けがではありません。背中の毛皮が、さけるようにわれて、その下から赤い血ではなくて、黒いものが見えているのです。二少年は、おずおずと、そばに寄って手でさわってみました。
「あっ、これ人間だよ。人間が、ゴリラの皮をきているんだよ。」
ポケット小僧がさけびました。われたところから見えているのは、黒いシャツのようでした。
「それじゃあ、頭も、ゴリラの頭をかぶっているんだろうか。」
小林君が、大きなゴリラの頭を動かしてみました。手ざわりがへんです。ゴリラのはくせいの頭らしいのです。
「ポケット君、これをぬがせてみよう。」
そういって、ふたりが、力をあわせて、ゴリラの頭を、まわしたり、ひっぱったりしていますと、だんだん、胴体からはなれてきて、やがてスッポリとぬけてしまいました。
「なあんだ、こんなものかぶっていたのか。ごらん、目のところにガラスをはめて、中に豆電球がとりつけてあるよ。」
小林君は、中のからっぽになったゴリラの頭の内がわを見せました。あの青くひかる、おそろしい目は青い豆電球だったのです。
ゴリラの頭を、ひきぬいた下には、三十ぐらいの男の顔がよこたわっていました。その顔が、さも、くるしそうに、ゆがんで、「ウーン、ウーン。」とうなっているのです。
この男がゴリラの毛皮をきてゴリラにばけて、ふたりの少年をおどかしていたのでした。