鉄塔の火星人
少年探偵団員で、中学一年の中村君と、有田君と、長島君の三人は、大のなかよしでした。
ある午後のこと、有田君と長島君が、中村君の家に、遊びにきていました。
中村君の家は港区のやしき町にある、広い洋館で、その二階の屋根の上に、三メートル四方ほどの、塔のような部屋がついていました。その部屋だけが三階になっているわけです。
中村君は星を見るのがすきで、その塔の部屋に、そうとう倍率の高い天体地上望遠鏡がそなえてありました。
三人はその部屋にのぼって、話をしていましたが、やがて話にもあきて、望遠鏡をのぞきはじめました。
ひるまですから、星は見えませんが、地上のけしきが、大きく見えるのです。ずっと向こうの家が、まるでとなりのように、近く見えますし、町を歩いている人なども、恐ろしいほど、すぐ目の前に見えるのです。
こんどは長島君の番で、望遠鏡の向きをかえながら、一心にのぞいていましたが、やがて、東京タワーの鉄塔が、レンズの中にはいってきました。
ここからは五百メートルも離れているのに、まるで目の前にあるように、大きく見えるのです。展望台のガラスごしに、見物の人たちの顔も、はっきりわかります。
長島君は、むきをかえて、タワーのてっぺんに、ねらいをさだめ、だんだん下の方へ、望遠鏡のさきを、さげていきました。
組み合わせた鉄骨が、びょうの一つ一つまで、はっきりと見えます。
だんだん、下にさがるほど、鉄骨の幅が広くなって、展望台のすぐ上まできたとき、長島君は、思わず「あっ。」と、声をたてました。
「おい、どうしたんだ。なにが見えるんだ。」
中村君と有田君が、声をそろえて、たずねました。しかし、長島君は返事もしません。息をはずませて、くいいるように、望遠鏡に見いっています。
それもむりはありません。望遠鏡の中には、じつにふしぎな光景がうつっていたのです。
タワーの鉄骨に、なにか黄色っぽい、グニャグニャしたものが、まきついていたのです。はじめは、はだかの人間かと思いましたが、そうではありません。なんだか、えたいのしれない、へんてこなものです。しかも、そいつが、生き物であるしょうこには、ゆっくりゆっくり、動いているのです。
よく見ると、そいつの頭は、タコ入道のように、でっかくて、かみの毛なんか、一本もはえていません。その顔に、ギョロッとした、まんまるな目が、二つついているのです。目の下に、とんがった口のようなものがついています。どう見ても、タコ入道です。
その頭の下にやっぱりタコの足のようなものが六本ついていて、その足で、鉄骨にまきついているのです。
「タコなら八本足のはずじゃないか。あいつは六本しかない。それに、全体の感じが、タコとはちがう。もっと、きみのわるいものだ。」
長島君は、心の中でそう思いました。だいいち、あんな大きなタコってあるでしょうか。そいつは人間ぐらいの大きさに見えるのです。
「あっ、そうだっ、火星人だっ。」
長島君は、声に出してさけびました。いま鉄塔にからみついているやつは、本の絵で見た火星人そっくりだったからです。
タコが陸上にあがって、東京タワーにのぼるなんてことは考えられませんが、火星人なら、宇宙をとんできて、ロケットからとびだして、鉄塔のてっぺんに、すがりつくということもないとはいえません。
そうして、あいつは、いま鉄塔をつたって、地上におりようとしているのでしょう。
「おい、なんだい、いま火星人と言ったんじゃないのかい。」
中村君が、たずねました。
「うん、そうだよ。東京タワーの鉄骨を、火星人とそっくりのやつが、はいおりているんだよ。」
「どれ、見せてごらん。」
こんどは中村君が望遠鏡にとりついて、のぞきこみました。
「あっ、ほんとだ。おい、あいつ火星人にちがいないよ。どうして地球へやってきたんだろう。あっ、展望台の屋根におりた。タコのようにはっている。おやっ、どっかへ見えなくなったよ。展望台の屋根から、もぐりこんだのかもしれない。」
あの怪物が大ぜいの見物のいる展望台に、あらわれたら、たちまち大さわぎになるはずです。ところが、そんなさわぎは、すこしも起こらなかったのです。いったい怪物は、どこにかくれてしまったのでしょう。
ふしぎなことに、この東京タワーの火星人を見たものは、広い東京に、三少年のほかには、だれもなかったのです。遠くからは、望遠鏡でなければ見えませんし、近くでは、大きな展望台がじゃまになって、その真上の怪物を見ることができなかったのです。そして、ちょうどそのとき、望遠鏡で東京タワーを見ていたのは、三少年だけだったのでしょう。
このできごとは、すこしもさわぎにならないで、すんでしまいました。三人は中村君のおとうさんに、それを知らせましたが、おとうさんは、あまりへんてこなことだものですから、きみたちは、まぼろしでも見たんだろうといって相手にしてくださらないのでした。
あくる日の新聞を気をつけて見ましたが、新聞にも、なにも出ておりません。火星人は展望台の屋根から、どこかへ、もぐりこんで、そのまま消えてしまったとしか考えられないのでした。
さて、そのあくる日の晩のことです。長島君は、やはり港区にある、自分のうちの勉強部屋で、宿題をやって、これから、ねようとしているときでした。
庭に面した窓ガラスを、パタパタとたたくような音が聞こえました。聞きなれない音なので、びっくりして、その方を見ますと、カーテンが半分開かれた、窓ガラスの向こうに、なんだか黄色っぽい、変なものが動いていました。
木の枝かしらと思いましたが、木の枝にしては、グニャグニャしています。なんとも、えたいのしれないものです。
身動きもできなくなって、じっと見つめていますと、その黄色いグニャグニャした棒のようなものは、ガラス窓のはしに、からみついて、それをあけようとしていることがわかりました。
長島君は、ゾーッとしました。そいつは、なにかへんてこな生き物なのです。
ガラス戸には、かぎがかけてなかったので、すこしずつ、開きはじめました。
「どろぼうが、長い棒で窓を開いているのかもしれない。」
そう思うと、にわかに勇気が出てきました。
「こら、そこにいるのは、だれだっ。」
どなりつけて、いきなりカーテンをサッと開きました。
すると、そこにいたやつは?
みなさん、なんだと思います。火星人だったのです。あの東京タワーの鉄骨にからみついていたのと同じ、タコ入道のような、きみのわるい、火星人だったのです。
火星人のまんまるな目が、長島君をにらみつけました。そして、
と、あのとびだした口で、わけのわからないことを、言いました。英語でも、フランス語でもありません。
きっと火星語なのでしょう。そして、一本の足がニューッと窓からはいってきたかと思うと、一枚の紙きれを、部屋の中へ、ヒラヒラと、投げてよこしました。
しかし、長島君は、それを拾う元気などとてもありません。逃げだしたくてたまらないのですが、足が動かなくなってしまって、どうすることもできないのです。
火星人は、またわけのわからないことを言ったかと思うと、そのまま、窓ぎわをはなれて、庭の向こうへ、遠ざかっていきました。
庭の電灯で、その姿が、よく見えます。タコが、ぜんぶの足を、まっすぐにつっぱって、ノコノコ歩いていくかっこうです。なにしろ六本の足ですから、なかなか早いのです。やがて、木立ちの中に、姿が、かくれてしまいました。
長島君は、そのときになって、はじめて声が出ました。
「たいへんだあ。火星人がきたあ……。」
そうさけんで、いきなり、みんなのいる茶の間の方へ、かけだして行くのでした。
それから、家じゅうが、大さわぎになり、一一〇番に電話をかけて、パトロール・カーにきてもらい、うちのまわりを、くまなく捜しましたが、火星人は、まるで消えてしまったように、どこにも姿が見えないのでした。
さっき、窓から投げこんだ紙きれを調べてみますと、それにはこんなことが書いてありました。
いったい、これは、なんのことでしょう。火星人が、月世界へ、いっしょにいきましょうといって、さそいにきたのでしょうか。
それにしても、これは日本語で、しかも活字で印刷してあるのです。火星人はひどく進歩しているといいますから、火星にいて、ちゃんと、日本語を研究していたのかもしれませんが、それが活字で印刷してあるのは、どうも、がてんがいきません。