さかさまロボット
警察がやってきたので、たちまち、このことが新聞記者の耳にはいり、その夜おそく、長島君のうちは、新聞記者攻めにあいました。火星人を見たのは長島君だけですから、新聞記者にとりかこまれて、うるさくたずねられたのです。
そして、あくる日の新聞には、このふしぎなできごとが、でかでかとのりました。日本じゅうの人が、それをよみました。そして、そのうわさで、もちきりなのです。
火星人は長島君の家にあらわれたばかりではありません。それからというもの、毎日のように、東京の方ぼうに、姿をあらわし、そのたびに、あの、「月世界旅行をしましょう」という紙きれを、おいていくのです。
ところが、それからしばらくすると、火星人とはべつに、もう一つのぶきみな事件が起こりました。そして、その事件にはじめて出くわしたのが、やっぱり少年探偵団の三少年のひとり、有田君でした。
有田君も港区にすんでいたのですが、ある夕方、ひとりで、さみしいやしき町を歩いていました。ながいコンクリート塀ばかりつづいた、人通りのない町です。
ふと気がつくと、百メートルも向こうから、まっ黒なからだの、へんなやつが、近づいてくるのです。
だんだん近よるにしたがって、そいつの姿が、はっきりしてきました。
ロボットのようなやつです。しかし、こんなへんてこなロボットは、まだ、いちども見たことがありません。
胴体も、手も、足も、黒い鉄の輪が、何十となく、かさなりあったような形をしています。ですから、鉄でできていても、自由自在に、曲がるらしいのです。大きな鉄の靴をはいています。そのでっかい足で、ギリギリギリ、ドシン、ギリギリギリ、ドシンと、歩いてくるのです。ギリギリというのは、からだの中で、歯車でもまわっているような音です。
顔は、まるいプラスチックで、人間の三倍もあり、すきとおって見えるのです。その中には、へんてこな機械のようなものばかりで、目も鼻も口もありません。つまり、顔のない機械人間なのです。
目はないけれども、二つの赤い光が、チカッ、チカッと、ついたり、きえたりしています。それが、ちょうど目のように見えるのです。お化けのまっ赤な目です。
そのほか、プラスチックの顔の中には、ゴチャゴチャと、機械がならんでいて、それがみな、いそがしそうに動いています。うすい金属でできた羽のようなものが、目にもとまらぬ速さでまわっているのも見えます。
有田少年は、さっきから、ポストのかげにかくれていました。そこから、相手に気づかれないように、そっと、のぞいていたのです。
怪物は、もう十メートルほどに、近よってきました。そして、なにか、ものを言っています。はじめは、ガアガアいう音ばかりで、よく聞きとれませんでしたが、やがて、はっきりした声になりました。
「そこに、子どもがかくれているな。ポストのうしろだ。かくれたって、だめだよ。おれには、どんな厚いかべだって、すきとおって見えるんだからな。ワハハハハ……。」
ロボットは、そんなことを言って笑いだしました。中に人間がはいっているのかもしれません。
有田君は、びっくりして、いきなり逃げだしましたが、五―六歩走ったかとおもうと、動けなくなってしまいました。
なにか目に見えないものに、ひっぱられているような感じで、逃げようとすればするほど、ぎゃくに、ロボットの方へ、ひっぱられていくのです。
「どうだ。おれは目に見えないひもで、きみをひっぱっているのだ。そのひもで、きみをしばってしまうことだってできるんだよ。」
いかにも、目に見えないひもで、ひっぱられている感じでした。
有田君は、そのひもからのがれるために、めちゃくちゃに手をふって、あばれまわりましたが、どうしてもだめです。一歩も逃げだすことはできないのです。
「そらっ、ひもが離れた。かけだせ。そして、みんなを呼んでこい。おれは、相手が多ければ多いほど、ありがたいのだ。」
ロボットが、あたりにひびきわたるような声で、どなりました。
たしかに、目に見えぬひもがとかれたのでしょう。有田君は自由にかけだすことができました。
有田君は、商店のならんでいる大通りへかけつけて、赤電話で一一〇番を呼びだし、ロボットがあらわれたことを知らせました。
それから、三分もたつと、三台のパトロール・カーがサイレンを鳴らしながら、ロボットのいるところへ、かけつけてきました。
そのころには、近所の人たちも、大ぜい集まってきて、黒山の人だかりです。
ロボットは、警官たちや近所の人たちにとりかこまれて、もとの場所につっ立っているのです。
警官たちは、ピストルを手にしていました。なにしろ相手は、目に見えぬひもをくりだして、こっちをしばるようなやつです。武器をもたないで、手向かうことはできません。
「ワハハハハ……、大ぜい集まってきたな。さあ、おれをつかまえてみろ。勇気があったら、やってこい。」
怪物が人をばかにしたように、わめくのです。
三人の警官が、体あたりで、怪物にぶっつかっていきましたが、たちまち、はねとばされてしまいました。
「きさま、うつぞっ、ピストルがこわくないのか。」
「ワハハハハ……、ピストルなんか、こわくてどうする。うつなら、うってみろ。」
バーンと、ピストルが発射されました。たまは、たしかに怪物に命中したのです。しかし、ロボットは平気です。やっぱり大きな声で笑っているのです。
「よし、たまのあるだけ、ぶっぱなせっ!」
主だった警官が、命令するようにさけびました。五人の警官が、ピストルの銃口をそろえて、ねらいをさだめました。
バン、バン、バン、バーン……。
五丁のピストルが、火をはきました。
しかし、こんどは一発も、当たりません。
その瞬間に、ロボットが、パッと、空中たかく、とびあがったからです。
地面には大きな鉄の靴が残っていました。ロボットは、重い靴をぬいで、とびあがったのです。見物たちのあいだに、ワーッという、ざわめきが起こりました。
ロボットは、そのまま、グングン空へのぼっていくではありませんか。
こいつもやっぱり、どこかの星からやってきた宇宙人なのでしょうか。地球の人間とはちがって自由自在に、空がとべるのでしょうか。
ヘリコプターのように、プロペラがついているのかと思いましたが、そんなものはついていないのです。ただ自分の力だけで、フワフワと空中へのぼっていくのです。
また、人びとの口から、ワーッという声がひびきました。
おお、ごらんなさい。怪ロボットは、空中で、クルッと、ひっくりかえって、頭が下に、足が上になりました。そして、そのさかさまの形で、どこまでも、空たかくのぼっていくのです。
だんだん、小さくなっていきます。子どもぐらいの大きさになり、赤ちゃんぐらいの大きさになり、おもちゃの人形ぐらいの大きさになり、そして、とうとう、雲の中へかくれて、見えなくなってしまいました。
「おやっ、これはなんだろう。」
ひとりの警官が、ロボットの靴のそばにおちていた一枚の紙きれを拾いあげました。
その紙きれには、
と、活字で印刷してあったのです。火星人がのこしていった紙きれと同じです。火星人と、いまのロボットとは、仲間なのでしょうか。
火星人と怪ロボットは、いったい、なんのために、東京にあらわれたのでしょう。
そして、「月世界旅行をしましょう」とは、なにを意味するのでしょう。