どろぼう人形
ここは東京のまんなかにある、大きなデパートの男の洋服売り場です。時は、まよなかです。
まよなかのデパートは、昼間のこんざつにひきかえて、ものすごいほど、静かです。
ちん列台には、みな白いきれがかけてあるので、まるで白い墓がならんでいるようなかんじです。
守衛が二人ずつ一組になって、大きな懐中電灯をてらしながら、たえずデパートの中を、見まわっています。いま、ちょうど、二人づれの守衛が、洋服売り場へやってきました。
売り場には、洋服のきれじなどが、いっぱいかけてあります。そのまえに、洋服をきた男の人形が、いくつも立っているのです。
懐中電灯のまるい光が、その人形の一つの顔を、てらしました。
はでな、しまのせびろをきた人形です。その顔は、色のついたビニールをぬったもので、できていて、目やまゆげが、黒い絵の具で、書いてあるのです。
懐中電灯の光は、その顔を、スッと、かすめて、むこうへ、遠ざかっていきました。
そして、二人の守衛の姿が、階段のほうへ、消えていったかとおもうと、へんなことがおこりました。
いまの人形が、かすかに身うごきをしたのです。遠くに小さな電灯が、ついているだけで、あたりは、うすぐらいのですが、たしかに人形は、動いたようです。
それから、もっと、みょうなことが、始まったのです。人形の手が、そっと上のほうへ、あがっていって、目のへんを、なでました。すると、人形の目がパッチリ、開いたではありませんか。目のところだけが、ふたのように開くしかけになっているらしいのです。
その開いた、二つのあなから、のぞいているのは、生きた人間の目でした。パチパチと、まばたきをして、目の玉が、キョロキョロと、動くのです。
人形のからだが、フラフラと、ゆれたかとおもうと、足を高く上げて、そのちん列場の、ひくいかこいを、またぎこし、そのまま、通路を歩いていくではありませんか。
人形が歩くのです。
やがて、人形は、階段を上り始めました。うすぐらい階段を、まるでむ遊病者のように、のぼっていくのです。階段を二つのぼると、そこは時計や宝石の売り場でした。
人形は、宝石のちん列だなにかぶせてある、白いきれをまくると、ポケットから、合鍵をとりだして、あついガラスの戸をあけました。
そして、ちん列だなの中へ、手を入れて、ダイヤのゆびわや、真珠の首かざりなどを、手あたりしだいに、つかみとると、それをみんな、自分のワイシャツの中の、腹巻きに、しまいこんでしまいました。
この人形は、宝石どろぼうだったのです。どろぼうが人形にばけて、洋服売り場に立っていて、夜のふけるのをまって、仕事を始めたのです。
たくさんの宝石をぬすんでしまうと、人形は階段をおりて、洋服売り場にかえり、なにくわぬ顔で、もとの場所に、立ちました。もう目のふたを、しめたとみえて、絵の具で書いた人形の目です。顔も、手も、からだも、どこから見ても、人形です。まるでかかしのように、シャンと立って身うごきもしません。